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天皇陛下、その人間らしさ
2019年04月30日
平成の天皇はその象徴としての任を自ら終えられた。
平成の天皇へのBBCの見方、深くうなずく。
日本の民主主義、平和を全身全霊で守られた、
最後の右傾化の中で孤立無援の中で静かに立たれた。
平和の時代の思い出に、感謝をこめて転載

2011年には、さらに甚大な被害をもたらす地震が東北地方の沖合で発生した。マグニチュード9は、記録が残る中で、日本における4番目に大きな地震だった。この地震は巨大津波を引き起こし、東北沿岸の町々に壊滅的な被害を及ぼして、約1万6000人の命を奪った。

2019.05.12 Sun l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
(平成と天皇)第8部・外国訪問:下 逆風の訪中、陛下の願い 直前に語った民主主義
2018年10月12日朝日新聞朝刊 より転載

1992年10月
天皇陛下の中国訪問、当時、自民党内の保守派には「天皇の政治利用だ」と反対する意見が強かった。

 ■戦争の傷念頭「深く悲しみ」

 10月23日、両陛下は北京に到着。最初の山場は、楊尚昆国家主席主催の晩餐(ばんさん)会だった。天皇陛下は人民大会堂西大庁の演壇で、「おことば」を読み上げた。

 「我が国が中国国民に対し多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります」

 中国国民の「苦難」が日本によるものと明示したのは、72年の日中共同声明で「日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えた」と書かれたことを踏まえたとみられる。75年に訪米した昭和天皇が晩餐会で述べた「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」の表現が改めて使われた。

 席に戻った陛下に、楊主席は「温かい言葉に感謝します」と声をかけた。「おことば」全文は翌日の人民日報に掲載され、テレビでも伝えられると、沿道の市民が手を振り、拍手も起きるようになった。苅田さんらは「一つの山を越えた」と安堵(あんど)した。この後、98年の英国や2000年のオランダでも、晩餐会で天皇陛下が、日本との戦争で傷ついた人々の存在を念頭に「深い心の痛みを覚えます」と述べることになる。

 陛下にとって外国訪問とは何を意味するのか。手塚さんは「陛下は皇太子時代から『平和を守るため何ができるか』を常に考えておられた。『国と国が交わることは、相手国の人々を理解すること。自分たちの訪問が、国民同士で理解し合うきっかけになれば』とおっしゃっていました」と解説する。

 陛下自身、訪中前の記者会見でこう述べている。

 「日本は、過去を振り返り平和国家として生きることを決意しました。国際社会に貢献しようと努める現在の日本が理解され、相互信頼に基づく友好関係が増進されることを願っております」
2018.10.13 Sat l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今はオランダと日本、皇室同士も友好的、国民も親しみを持っている。第二次世界大戦で敵国同志であったことは忘れがちである。和解への道はどのように築かれたのか。ここに答えがあるように感じられる。
2000年のオランダ訪問の翌01年の新年に際し、皇后さまはこう詠まれたという。

 慰霊碑は 白夜に立てり 
        君が花 抗議者の花 ともに置かれて

(平成と天皇)第8部・外国訪問:中 手紙に応えた皇后さま オランダ女性「助力に感銘」
2018年10月11日 朝日新聞 より転載

 第2次世界大戦中、旧日本軍はオランダ領東インド(現インドネシア)を占領し、オランダ人を収容所に抑留し男性を捕虜として強制労働させたとされる。
女性を収容所から慰安所に連行したとして、戦後のBC級戦犯裁判で有罪判決を受けた旧日本軍人もいた。

 2000年5月24日、アムステルダムのホテル。オランダ訪問中の天皇、皇后両陛下によるレセプションが開かれた。皇后さまはマルゲリート・ハーマーさん(77)のもとへ額がつくくらい近寄って手を取り、「お会いできて、こんなうれしいことはありません」と話しかけた。

 ハーマーさんはジャワ島スラバヤ生まれ。幼いころ収容所に抑留され、戦後オランダに引き揚げた経験を持つ。村山内閣のもとで1995年、元慰安婦への「償い事業」を手がけた「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」が発足すると、オランダ人被害者に対する事業実施委員会(PICN)の代表になった。女性らの訴えを聞き、79人への事業支給を橋渡しした。

オランダ
2018.10.11 Thu l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
平成最後の8月15日終戦の日
天皇の戦没者追悼式のお言葉がみにしみる。
天皇制讃美者ではないが、天皇陛下、天皇家は、混沌の日本において人間性・道義性で際立った巨人であると思う。イリベラル・デモクラシーの日本での唯一の反対者として対峙される天皇の原点ともいえる「慰霊の旅」

終着迎えた「慰霊の旅」
毎日新聞2018年8月17日
 天皇、皇后両陛下の平成最後となる15日の全国戦没者追悼式への出席は、これまで続けてこられた「慰霊の旅」の一つの終着といえるのではないだろうか。退位後も戦没者への思いは変わらず持ち続けられるだろうが、衆目の中、全身で哀悼を示すやり方はこれが最後となると思われる。

 追悼式の模様をテレビで見たが、標柱の前で原稿を読み上げられた陛下は、原稿をしまわれた後もしばし去りがたいような様子を見せられた。

 即位後、両陛下の慰霊の旅は1994年2月、小笠原諸島の硫黄島訪問から始まった。

慰霊の旅とは何だったのか。
1つには、父・昭和天皇が戦争を止められなかった事の責任を引き受け、果していくと共に歴史への反省を無言のうちに示すイニシアチブだったと思う。

2つに、日本の象徴による「慰霊の旅」は、日本の道義性を国際社会に示し、平和主義国家日本への信頼を高めたこと。

60-80年代、軍国主義日本の復活の可能性が東南アジアで何度か話題になった。しかし平成になって歴史問題を抱える中韓は別にして、そうした議論が起きたとは科目にして知らない。

「慰霊の旅」は道義性を越えた政治的意味合いも結果として持ったといえる。 
客員編集委員 西川恵

終戦の日 不戦、誓い続ける 73年、戦没者追悼式
毎日新聞2018年8月15日
「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れない」
と戦争による犠牲を当然として、尊い犠牲の上に平和を築いたと褒め称え、反省の言葉のない安倍首相

「さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と
深い反省とともに、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表される」天皇
2018.08.19 Sun l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
戦後70年をターニングポイントに、日本は現行憲法の範囲を逸脱し国民主権、基本的人権、平和主義を敵視する政党が多数を占めるようになってきている。戦争できる国の復活である。
 天皇陛下が2019年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に新天皇に即位されることが今月1日の皇室会議で固まった。政府は陛下の退位日を正式に定める政令を8日に閣議決定する。退位の意向をにじませた「おことば」から1年4カ月。「象徴」としての務めを通じて陛下が私たちに問いかけたものとは?
論点 天皇退位の日程固まる 毎日新聞2017年12月6日 より

守り続けたい「象徴」制 山折哲雄・宗教学者
現行憲法の1条は天皇を日本国の「象徴」と定めているが、2012年の自民党憲法改正草案は「元首」としている。象徴天皇制と元首天皇制は根本的に矛盾する。ここを議論の対象にすべきだが、現実にはそうはなっていない。問題提起してこなかったメディアにも大きな責任がある。

 天皇陛下が半生を費やして取り組んできた象徴制だが、その真意が現代の国民にはまだ浸透していない。今後、日本人の天皇観がどのように変化するかは分からないが、無関心層が増えるように感じる。そうなると、象徴制の帯びる緊張感が薄れ、政治による恣意(しい)的な解釈が先走る。天皇の政治利用とアイドル化が進むのではないか。それは日本の歴史に対する関心が薄れていくということでもある。関心を持ってもらうためには「過去と現在」、あるいは「日本と海外」という比較の観点を保ちながら、次代に粘り強く歴史を教えていくしかないだろう。

 退位の時期が決まっても、ここは何よりも「象徴」制を守り、「元首」化を阻止する取り組みを政府や国民には期待したい。今のところ、簡単に元首化して改憲の道を進んでいくとは思えない。だが、国民投票の実施に至るかもしれない可能性を考えると、今ここで象徴制と元首制の問題を提起し、しっかり議論の対象にしていかなければならない。

参考リンク
岐路に立つ象徴天皇制 天皇陛下の「生前退位」のお言葉から
2017.12.07 Thu l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
オリンピックの2020年に新憲法でと、首相が憲法遵守義務に違反する国
天皇を元首に押し上げたい保守系学者・政治家は天皇の人間性を否定する人たちか?
時の政権が天皇陛下にここまでの最大限の侮辱を与えた例があるだろうか。
政府が象徴天皇を意のままに批判し、首相が集めた有識者が天皇陛下の象徴としての在り方を侮辱するのであれば、国民統合の象徴としての天皇制の意味はあるのであろうか?
天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」
陛下 退位議論に「ショック」 宮内庁幹部「生き方否定」
毎日新聞 2017年5月21日 より転載

 天皇陛下の退位を巡る政府の有識者会議で、昨年11月のヒアリングの際に保守系の専門家から「天皇は祈っているだけでよい」などの意見が出たことに、陛下が「ヒアリングで批判をされたことがショックだった」との強い不満を漏らされていたことが明らかになった。陛下の考えは宮内庁側の関係者を通じて首相官邸に伝えられた。

 陛下は、有識者会議の議論が一代限りで退位を実現する方向で進んでいたことについて「一代限りでは自分のわがままと思われるのでよくない。制度化でなければならない」と語り、制度化を実現するよう求めた。「自分の意志が曲げられるとは思っていなかった」とも話していて、政府方針に不満を示したという。

 宮内庁関係者は「陛下はやるせない気持ちになっていた。陛下のやってこられた活動を知らないのか」と話す。

 ヒアリングでは、安倍晋三首相の意向を反映して対象に選ばれた平川祐弘東京大名誉教授や渡部昇一上智大名誉教授(故人)ら保守系の専門家が、「天皇家は続くことと祈ることに意味がある。それ以上を天皇の役割と考えるのはいかがなものか」などと発言。被災地訪問などの公務を縮小して負担を軽減し、宮中祭祀(さいし)だけを続ければ退位する必要はないとの主張を展開した。陛下と個人的にも親しい関係者は「陛下に対して失礼だ」と話す。
天皇制


2017.05.21 Sun l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
天皇家の孤独な戦い ・・・
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/emperor2.html
天皇陛下のお言葉に始まった天皇の生前退位問題
その本質は何だろうと感じていた疑問点を解き明かしてくれる。
岐路に立つ象徴天皇制 白井聡氏 2026.9.7から考える。
現に国民が統合されていないのであれば、「国民の統合の象徴」もありえない。もしこれに誰も答えることができなければ、天皇制は終わるだろう。深く同意する。
戦前の大日本帝国憲法の元の、国民を支配するための権力のロボットのような天皇制はNOである。安倍政権がねらうのは、天皇制の継承者がなくなった時、旧皇族を復活させ、男系の傀儡天皇をコントロールする悪夢も。

白井聡氏 『週刊新潮』8月25日号に掲載
いつものように、今上天皇の言葉は穏やかであった。にもかかわらず、「象徴とは何か」を語るその姿に、私は一種の烈しさを感じ取った。皇太子時代から長年考え続けた「象徴としての役割を果たす」こととは、ただ単に天皇が生きていればよいというものではなく、また摂政が代行しうるものでもない。文字通り「全身全霊をもって」国民の平安を祈り、また傷ついた人々や社会的弱者を励ますために東奔西走しなければならない職務である、という御自身の考えがはっきりと打ち出されたのである。

なぜ今、それを実行しなければならないのか。生前退位の意向表明には、安倍政権による改憲プロセスを食い止める意図が込められているのではないかという見解が、囁かれている。安倍政権と熱心な支持者たちの戦後民主主義に対する敵意は明らかであり、その表面化に対して、天皇・皇后夫妻は慎重だが明白な態度表明を行なってきた。

しかし、「お言葉」に接して感じたのは、「憲法はどうなるのか」という問題よりも一層深刻な危機に対する警鐘である。「国民の統合」の危機が現に存在し、それが、今上天皇が象徴の任を果たすことが困難になってきつつあることを証明している、という切迫感が今回の意見表明を決断させたのではないか。

敗戦国で「権威ある傀儡」の地位にとどまらざるを得なかった父(昭和天皇)の代に始まった象徴天皇制を、烈しい祈りによって再賦活しつつ、時勢に適合しなくなったその根本構造を乗り越えるために何が必要なのかを国民に考えるよう呼び掛けた。もしもこれに誰も応えることができないのであれば、天皇制は終わるだろう。現に国民が統合されていないのならば、「統合の象徴」もありえないからである。われわれはそのような岐路に立っていることを、「お言葉」は告げている。

天皇家からのメッセージ 入り口紀男氏より
・「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び」
(天皇陛下のお言葉 H27.1.1)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/emperor2.html
・「日本は平和と民主主義を守るべき大切なものとして日本国憲法を作り」 (天皇陛下のお言葉 H25.12.17)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/emperor1.html
・「近代日本の黎明期に生きた人々の」
(皇后陛下のお言葉 H25.10.20)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/empress1.html
・「身の震うような怖れ」
(皇后陛下のお言葉 H26.10.20)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/empress2.html
・「争いや苦しみの芽となるものを摘み続ける努力」
(皇后陛下のお言葉 H26.10.20)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/empress3.html
・「日本国憲法を基礎として築き上げられ」
(皇太子殿下のお言葉 H26.2.21)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/prince1.html
・「戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう」
(皇太子殿下のお言葉H27.2.20)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/prince2.html
・「謙虚に過去を振り返る」
(皇太子殿下のお言葉H27.2.20)
http://www.geocities.jp/flowercities/amaterasu/prince3.html

本ブログ
愛子さま 世界の平和を願って
秋篠宮さま「進まぬ帰還、心痛む」 震災追悼式
埋もれた歴史、光当てる旅 両陛下のベトナム訪問
天皇陛下のお言葉と安倍首相の靖国参拝
2017.05.06 Sat l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top
何か暗い気持ちになるこの頃、爽やかな風が吹き抜けました
卒業に際し、宮内庁は愛子さまが同校の記念文集に寄せた作文を公開した。
毎日新聞 2017年3月22日
世界の平和を願って 敬宮 愛子さま

愛子さま

 皇太子ご夫妻の長女愛子さま(15)が22日、学習院女子中等科(東京都新宿区)を卒業された。卒業に際し、宮内庁は愛子さまが同校の記念文集に寄せた作文を公開した。
作文の全文は以下の通り。

世界の平和を願って
2017.03.24 Fri l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top