自然が大好きな私は寧楽悠々自然流を綴っている。そのなかでリコメントした内容は

朝庭に出て、草花たちと話していると
元気な子も、病気の子もいて
やることいっぱい
すべてを忘れてらんらん気分になります。

それにしても
花と話していることだけで大丈夫か?という
大問題が目白押し!!

外国で問題になるほどの右傾化の中で
真正の、太平洋戦争の系譜正しい
とんでも政権ができようというときに
国民から離れたといって民主党を離れようという
情けない党員たち

とてもだめな現政権だけれど、とんでもよりずっとましな
自分の政権を崩壊させて
国民のための政権を作ってくれるとでもいうの?

”安倍と維新が日本を滅ぼす”という
サンデー毎日の見出しをどこかで見たけれど
憲法改正して交戦権を持たそうという安倍自民に
ストップをかける統一戦線が必要なときだと・・・

本題
第二次大戦後、長期にわたり欧州大陸の平和を維持し、欧州の統合で歴史的役割を果たした欧州連合(EU)に2012年のノーベル平和賞が授与された。
「EUは欧州を戦争の大陸から平和の大陸に変革させる重要な役割を果たした」
という受賞理由

私はこの受賞のずっと前から、なぜヨーロッパは世界大戦で敵味方に分かれて戦ったのに、EUをつくり、ユーロ危機でドイツ・フランスが仲良く他の連合国をリードして、国家財政危機に陥ったギリシャを援けようとすることが可能なのか?

それを行うヨーロッパを、人類の歴史から学ぶ叡智が存在する証左としてうれしかった。

2012.10.15 Mon l 政治 l コメント (2) トラックバック (0) l top
クライン委員長に聞く  日経10月13日朝刊より 

東電原子力改革委員長は米原子力規制委員会(NRC)の元委員長クライン氏が
日経の取材に応じた。取材での彼の考えをまとめると

1.事故の責任は東電にある

2.規制当局と東電は大きな過ちを犯した

3.安全文化を経営トップから組織の隅々まで浸透させねばならない

4.社員一人一人が安全に責任を負っている自覚をもつべき

5.違った対策をとっていれば事故は防げたという事実を受け入れることが重要

1.2.の論旨ははっきりしている。事故の責任は東電であり、規制当局は過ちを犯した。
日本の民間事故調、国会事故調、政府事故調が事故の直接責任を政府や首相の対応に
あるかのごとき的外れな議論をしていたが、事故は官邸で起きたのではない。
三事故調がそろいもそろって原因究明を、我々にわかりやすい形で行えなかった。
これは原発事故に加えて起こった大きな災害ともいえる。

3.4.について経営トップが最重要、コスト優先の経営トップの元で安全を求める有為な人たちは、抑えられてやめていくしかなかったのではないか?

国会事故調の事故はメイド・イン・ジャパンとの結論に対して、タイムズ紙は「過ちは日本が国全体で起こしたものではなく、個人が責任を負い、彼らの不作為が罰せられるべきものだ。集団で責任を負う文化では問題を乗り越えることはできない」とコメントした。

政府の責任は、原子力安全神話の元で、安全対策を十分しないで、
原子力発電を進めてきたことにある。

事故が起こっても、原子力安全保安院、安全委員会は機能しなかった。



過酷事故への備え
官民あげた過酷事故への備えが必要
NRCは2001年9・11同時多発テロ後、原発の安全指針を策定した。B5b
日本にも導入を促したが、経産省はこの助言を無視した。
もしB5bを導入していれば福島原発事故は防げた。

原子力改革委が初会合 「東電に厳しい意見や提案」
日経デジタル2012/10/12
2012.10.13 Sat l 原発事故 l コメント (0) トラックバック (0) l top
安倍自民総裁:「改憲が次期衆院選の争点」
毎日新聞 2012年09月30日

転載
 自民党の安倍晋三総裁は30日、京都府綾部市で講演し、憲法改正を次期衆院選の争点にする考えを示した。安倍氏は「まずは96条から始めたい」と述べ、憲法改正の発議に衆参各議院の3分の2以上の賛成と定めた憲法96条の改正に意欲を表明。

 「3分の1をちょっと超える国会議員が反対すればできない。そう思っているような横柄な国会議員には、次の選挙で退場してもらいたい」と語った。

 安倍氏はまた、「教育再生にこれからも取り組んでいきたい。そのためにも何としても政権奪還したい」と野田政権を早期の衆院解散・総選挙に追い込む決意を改めて示した。

転載終了
2012.10.05 Fri l 政治 l コメント (0) トラックバック (0) l top
尖閣諸島を巡る日中の対立が深まる中、日中国交正常化40周年の公式記念式典が中止された。
日中平和条約を結んだ田中首相、大平外相、周恩来首相が、両国の国民が了解しうる
ぎりぎりの線を求めて、粘り強い交渉の後に妥結に至ったというNHKの番組を見た。
いずれも亡くなられた大平正芳外相、周恩来首相の言葉から印象に残るものを記録しておく。

「1972年 北京の五日間 こうして中国は日本と握手した」
2012.9.12 NHKBS1スペシャル

周恩来首相
建国当初中国国民には日本に対する嫌悪と憎悪が渦巻いていた
日本の侵略で死亡した人は2000万人以上だといわれる
さらに傷ついた人、死傷者の親兄弟、親類縁者、友人などを含めると
直接間接の犠牲者は数億人にのぼる

中国人民は多くは、必要となったら
必ずこの借りは返す、復讐してやると

でもこの感情は理解できてもその考えは間違っています
中国のためにも、日本のためにも、アジアのためにも
われわれは対日正常化が必要だと考えていました


1972年9月 田中首相の挨拶で”迷惑”発言が困難を招いた局面で
大平外相 姫外相 万里の長城への車中会談

大平外相
私の目で見たあの戦争は明白に中国に対する日本の侵略である 何も弁解する理由はない
しかしこれは私個人の見解である

日本国外務大臣の立場としては
完全に中国の要求を受け入れるとすれば国交正常化は無理である
理解が得られないのであれば荷物をまとめて帰らねばならない

私と田中は最大限の譲歩はするつもりだ
この心構えがなければ、田中、大平は中国に来ません
来た以上は田中、大平は政治生命をかけて
必要ななら肉体生命をかけてこれをやり通す


日中国交正常化に際して、日中の未来について残した言葉

周恩来首相
小異を残して大同に就く



大平正芳外相
われわれのもつ可能性は
最大限アジアのために絞り出さねばならない
それこそは単にわれわれに
アジアに対する過去の贖罪にとどまらず
これからの味さの平和と安定に不可欠の礎石であり
それこそが日本自体の
生存と安全に通ずる大道であるからだ 
      
大平正芳著 「旦暮芥考」より
2012.10.01 Mon l 歴史認識・外交 l コメント (0) トラックバック (0) l top