尖閣諸島を巡る日中の対立が深まる中、日中国交正常化40周年の公式記念式典が中止された。
日中平和条約を結んだ田中首相、大平外相、周恩来首相が、両国の国民が了解しうる
ぎりぎりの線を求めて、粘り強い交渉の後に妥結に至ったというNHKの番組を見た。
いずれも亡くなられた大平正芳外相、周恩来首相の言葉から印象に残るものを記録しておく。

「1972年 北京の五日間 こうして中国は日本と握手した」
2012.9.12 NHKBS1スペシャル

周恩来首相
建国当初中国国民には日本に対する嫌悪と憎悪が渦巻いていた
日本の侵略で死亡した人は2000万人以上だといわれる
さらに傷ついた人、死傷者の親兄弟、親類縁者、友人などを含めると
直接間接の犠牲者は数億人にのぼる

中国人民は多くは、必要となったら
必ずこの借りは返す、復讐してやると

でもこの感情は理解できてもその考えは間違っています
中国のためにも、日本のためにも、アジアのためにも
われわれは対日正常化が必要だと考えていました


1972年9月 田中首相の挨拶で”迷惑”発言が困難を招いた局面で
大平外相 姫外相 万里の長城への車中会談

大平外相
私の目で見たあの戦争は明白に中国に対する日本の侵略である 何も弁解する理由はない
しかしこれは私個人の見解である

日本国外務大臣の立場としては
完全に中国の要求を受け入れるとすれば国交正常化は無理である
理解が得られないのであれば荷物をまとめて帰らねばならない

私と田中は最大限の譲歩はするつもりだ
この心構えがなければ、田中、大平は中国に来ません
来た以上は田中、大平は政治生命をかけて
必要ななら肉体生命をかけてこれをやり通す


日中国交正常化に際して、日中の未来について残した言葉

周恩来首相
小異を残して大同に就く



大平正芳外相
われわれのもつ可能性は
最大限アジアのために絞り出さねばならない
それこそは単にわれわれに
アジアに対する過去の贖罪にとどまらず
これからの味さの平和と安定に不可欠の礎石であり
それこそが日本自体の
生存と安全に通ずる大道であるからだ 
      
大平正芳著 「旦暮芥考」より
2012.10.01 Mon l 歴史認識・外交 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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