安倍首相が憲法96条を改めを国会議員と国民の過半数で改正できるようにしようとしている。
池澤夏樹氏の胸のすくようなコラムを転載し、噛み締める。
池澤夏樹「〈終わりと始まり〉憲法をどう論じようか 揶揄せず原則に返ろう」
朝日新聞2013年5月7日夕刊

抜粋版
 このまえの選挙で自民党はともかく主食がたっぷりというメニューを用意した。みんなおなかが空いていたらしく、この経済優先の政策は票を集めた(タニタの社員食堂に比べるとずいぶんメタボっぽい)。この定食にはずいぶん味の濃いおかずがついていた隣国軽視であり,原発の運転再開と憲法改正への道筋である。

 「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め,絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し,国家,民族を真の自立に導き,国家を蘇生させる」と言うのは「日本維新の会」の綱領。これこそいわゆる自虐史観ではないのか? 日本は本当にこの世界で孤立と軽蔑の対象になっているか? それが日本国憲法のせいなのか?

 安倍首相は,いまだ確定した侵略の定義はないというが,それは暴論。
他国の領土に軍を送ることが侵略である。日本は朝鮮を植民地とし,満州に傀儡政権を立て,中国を侵略した。
これを事実として共有しなければ,東アジアに安定した国際関係はなりたたない。 

 「政府は,国民みなが信じて託した1人1人の大事な気持によって運営される。政府がいろいろなことをできるのは国民が政府を支えるからである。政府の権力は私たちの代表を通じて行使されるし,その結果えられる幸福はみなが受けとる。これは政治というものについての世界の人々の基本的な考えであり,私たちの憲法もこの考えを土台にして作られている」

 現行の「日本国憲法」の「前文」をぼくの文体で訳し直したものだ。

参考 侵略の定義に関する決議(国連総会決議3314)
その第1条で侵略を「国家による他の国家の主権,領土保全もしくは政治的独立に対する,または国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使である」と定義している。

↓ 以下は池澤夏樹氏コラム全文
 「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め,絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し,国家,民族を真の自立に導き,国家を蘇生させる」と言うのは「日本維新の会」の綱領。これこそいわゆる自虐史観ではないのか? 日本は本当にこの世界で孤立と軽蔑の対象になっているか? それが日本国憲法のせいなのか?

 安倍首相は,いまだ確定した侵略の定義はないというが,それは暴論。
他国の領土に軍を送ることが侵略である。日本は朝鮮を植民地とし,満州に傀儡政権を立て,中国を侵略した。
これを事実として共有しなければ,東アジアに安定した国際関係はなりたたない。 

 「政府は,国民みなが信じて託した1人1人の大事な気持によって運営される。政府がいろいろなことをできるのは国民が政府を支えるからである。政府の権力は私たちの代表を通じて行使されるし,その結果えられる幸福はみなが受けとる。これは政治というものについての世界の人々の基本的な考えであり,私たちの憲法もこの考えを土台にして作られている」

 現行の「日本国憲法」の「前文」をぼくの文体で訳し直したものだ。

参考 侵略の定義に関する決議(国連総会決議3314)
その第1条で侵略を「国家による他の国家の主権,領土保全もしくは政治的独立に対する,または国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使である」と定義している。

↓ 以下は池澤夏樹氏コラム全文
 選挙をまえにした各党の政策はいわば定食のようなもので,有権者は料理のひとつひとつを選ぶことはできない。このまえの選挙で自民党はともかく主食がたっぷりというメニューを用意した。みんなおなかが空いていたらしく,この経済優先の政策は票を集めた(タニタの社員食堂に比べるとずいぶんメタボっぽい)。この定食にはずいぶん味の濃いおかずがついていた。隣国軽視であり,原発の運転再開と憲法改正への道筋である。夏の参院選ではこのあたりが問題になるのか,あるいは山盛りのどんぶり飯がまだうまそうにみえるのか。

 日本はいま,ゆるやかな衰退期にある。少子化と高齢化はその指標だ。衰退に対して,事態のひとつずつに対策を考えて現実的に応じればいいのだが,それでは間に合わないと苛立つ人たちが増えている。思い切った変革を訴え,たとえば憲法改正を提言する。「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め,絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶である占領憲法を大幅に改正し,国家,民族を真の自立に導き,国家を蘇生させる」と言うのは「日本維新の会」の綱領。これこそいわゆる自虐史観ではないのか? 日本は本当にこの世界で孤立と軽蔑の対象になっているか? それが日本国憲法のせいなのか?

 しかし,反論は慎重でなければならない。戦前の叛乱将校の蹶起文のよう,などと揶揄して済ませてはいけない。彼ら青年将校の赤心は・・・とイメージがついてきてしまう。政治とは政策であると同時にイメージ操作である。いまの時代,その傾向はいよいよ強い。かつてゲッベルスが見抜いたとおり,活字よりは音声,理屈よりは印象,思考よりは気分が優先される(だから石原慎太郎氏はあえて暴走老人を演じるのだ)。旧来のやりかたで,一国の運営は論を尽くしてなどといっていたら,あっという間に空気がかわってしまう。昔ながらの護憲論は負け犬の遠吠えになりかねない。

 憲法というのは国家の横暴から国民を守るものである,と原則論をもう一度説かなければならないようだ。占領軍による押しつけというけれど,合衆国憲法を押し付けられたわけではない。欧米が時間をかけて培ってきた民主主義・人権思想・平和思想の最先端が敗戦を機に日本に応用された。そのおかげでこの60年の間,日本国は戦闘行為によって自国民も他国民も殺さずに済んだ。特別高等警察による拷問や虐殺はなかった。

 必要ならばなんどでも説明する。「我が国は,先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し,今や国際社会において重要な地位を占めており,平和主義の下,諸外国との友好関係を増進し,世界の平和と繁栄に貢献する」。自民党の「日本国憲法改正草案」の「前文」の一部である。これ,文章としておかしくない?

 「・・・重要な地位を占めており」までは現状分析だが,その後の部分,「・・・に貢献する」のところは意思の表明である。このふたつをひとつのセンテンスに押しこめるというのは,高校生程度の日本語作文能力がある者ならばしない過ちだ。意味論でいえば,「先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて」と,「大戦」と「災害」を同列に置くのは歴然たる責任回避。災害は否応なく到来するものであるが,戦争は主権国家がその意思をもって引き起こすのだ。

 安倍首相は,いまだ確定した侵略の定義はないというが,それは暴論。他国の領土に軍を送ることが侵略である。日本は朝鮮を植民地とし,満州に傀儡政権を立て,中国を侵略した。これを事実として共有しなければ,東アジアに安定した国際関係はなりたたない。すなわち,改憲派のいいぶんは突っこみどころ満載で,おいおいそこからまた教えるのかよ,とぼやきたくなる。だが,いかに愚直にみえようともいまは着実に論を積むしかないのだ。

 「政府は,国民みなが信じて託した1人1人の大事な気持によって運営される。政府がいろいろなことをできるのは国民が政府を支えるからである。政府の権力は私たちの代表を通じて行使されるし,その結果えられる幸福はみなが受けとる。これは政治というものについての世界の人々の基本的な考えであり,私たちの憲法もこの考えを土台にして作られている」。

 現行の「日本国憲法」の「前文」をぼくの文体で訳し直したものだ(『憲法なんて知らないよ』)。この論旨はいまでも新鮮だと思う。自民党の草案には民主国家として克服したはずの問題がゾンビーのようにうごめいている。ゾンビーと名付ければ退治もできる。これをぼくなりのイメージ戦略としてみようか。
2013.05.10 Fri l 憲法問題 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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