菅首相退陣へー最後に挙げた成果 
 菅首相が退陣条件に掲げていた再生可能エネルギー固定価格買い取り法案が参院本会議で可決、成立した。これで退陣の3条件が成立し約束どおり辞め た。ご苦労様でした。

ウォールストリートジャーナルの 「菅首相退陣へ─最後に挙げた成果」が面白い。以下再録

 菅直人首相は26日、民主党代表からの辞任を表明。首相としての波乱に満ちた日々にピリオドを打ち、5年間で6人目となる次の首相にその座を明け渡すことになった。
 菅氏が首相に就任したのは昨年の6月。市民活動出身の菅氏が、政治を裏側で進める日本の慣習を打ち砕くのではと、大きな期待が持たれた。以下続きを読むへ

 しかし、反対者をやり過ごし、望むものを手に入れるまで菅氏は居座り、驚くべき結果を出した。菅首相は、政府が資金を確保するうえで不可欠となる公債発行特例法を成立させた。

 さらに注目されるのは、日本の10の電力会社が独占し、厳しく規制されている電力業界を開放する画期的な法律を成立させたことだ。 福島第1原発の事故の後、国民が原発を恐れているのを感じ取り、菅首相は再生エネルギー特別措置法を押し進めた。風力や太陽光による電力など、外部からの電力を電力会社が買い取ることを義務づけたものだ。

 日本はこうした展開において出遅れており、大型原発プロジェクトに依存度を高める傾向があった。財政難の地方自治体も、原発に付随する大型の補助金を望んでいた。

 菅首相が「退陣の条件」のリストにこれを掲げなければ、こうした法案が成立する見込みはほとんどなかった。
世論調査では「原子力発電を段階的に減らし、将来は、やめることに賛成・反対」に対して7割以上が賛成するようになっているが、この法案が成立しなければ、絵に描いた餅

 これを推し進める政治家は菅さんしかいなかった・・・そのことが日本では理解されていない。
これは、正確な情報を知らせることなく、政治家の評価ができず、世論調査と称して国民をあおるマスコミの責任であると思う。


 だが、早々に増税を宣言したのを皮切りに、菅首相が任期のあいだとった政策は不人気続きだった。昨年9月に領土問題をめぐる中国との外交論争で失態を演じて以来、世論調査での支持率は下がる一方だった。

 3月11日の東日本大震災と、原子力発電所の危機をめぐる対応への不満、野党の敵対的な姿勢を背景に人気はさらに下がり、民主党員からも辞任を求められるほどになった。首相就任時には66%だった支持率が、15%までに低下した。菅氏は今週、間違いを犯した責任をとって辞めるのではないと述べた。

 菅政権を特徴づけたのが、東日本大震災だった。マグニチュード9.0の地震は記録に残っている中で最大規模であり、さらに30-40メートルにも達する津波が襲った。この災害により、2万人以上が死亡または行方不明となり、10万棟以上の建物が破壊された。

 この震災により、福島第1原子力発電所で、チェルノブイリ以来最悪の原発危機が起こった。3つの原子炉でメルトダウン(炉心溶融)が起こり、東北地方の広い地域に放射能汚染が広がった。
 津波が発生した地域における素早い対応、特に自衛隊の活動について、海外からは幅広く称賛の声が寄せられた。だが、国内での見方はまったく異なっていた。

 首相の下に人々が結集することはなく、さまざまな方面から菅首相は攻撃を受け、自身の内閣からも攻撃された。菅首相は、官僚的な東京電力が危機を真剣に受け止めないのではないかとの懸念から、自ら原発危機にかかわり、そうした細部への介入が批判された。

 野党の自由民主党は政権奪回のチャンスを嗅ぎ取り、協力を拒否した。

 強敵の小沢一郎元代表が政権に影を落とし、菅首相は民主党内でも次第に孤立を深めていった。菅氏は昨年9月の代表戦で小沢元代表を破り、それに続く小沢氏の政治スキャンダルで、小沢氏の命運は封じ込められたかのように見えた。だが小沢氏は党内のリーダーや前首相の鳩山由紀夫氏らと組み、菅氏を苦しめた。

2011.08.28 Sun l 脱原発・エネルギー政策 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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