(核リポート)核の傘、ノルウェーから考えた日本
2013年10月04日朝日デジタルより転載

4月、スイスのジュネーブで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議・第2回準備委員会にさかのぼる。「核兵器がいかなる状況下でも、二度と使われないことが人類生存のためになる」。こんな文言を盛り込んだ「核兵器の人道的影響に関する共同声明」が約80カ国の賛同を得て採択され、日本は賛同を見送った。米国の「核の傘」に依存する安全保障政策と整合性を取れないとの判断からだったが、被爆地の広島、長崎や反核NGOからは「被爆国なのになぜ?」と失望の声が上がった。
共同声明の提案国の一つが、ノルウェーだ。そして、ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)の一員であり、日本と同様に安全保障を米国の核抑止力に依存する国だ。同じように米国の「核の傘」の下にありながら、核兵器に対する向き合い方が異なる日本とノルウェー。

 外務省の入るビルは、王宮のすぐそばにある。広報担当者は、ノルウェー政府が近年、核兵器の非人道性に着目して核軍縮の機運を盛り上げる牽引(けんいん)役となっている理由について、こう説明した。
 「核兵器は存在する限り、使われる可能性があります。意図的であれミスであれ、一度核爆発が起これば、人道的惨事は国境を超えて被害をもたらします」
 「冷戦時代に比べて核兵器の数は減ったとはいえ、核保有国は増加しています。より多くの国が核兵器に関わるようになったことで、誤解やミスによって核が使われる危険が増しており、核の悲劇を防ぐことは全人類的な喫緊の課題なのです」
 ノルウェー政府は今年3月、核兵器の人道的影響を科学的に議論する国際会議をオスロで初めて開催し、約130カ国から政府代表団を迎えた。広報担当者はそんな具体的な成果に触れながら、「私たちのかねての問題意識は、世界の誰にとっても大事なことだということが証明されました」と強調した。
 忘れてはならないのは、ノルウェーはノーベル平和賞の選定に関わるなど、「人道」が伝統的なナショナル・アイデンティティーであることだ。近年ではクラスター爆弾の禁止条約づくりを主導したり、スリランカ和平の仲介役を果たしたりしたことも知られる。「小国」ながら、大国に率先して人類的課題と格闘するのは、こうした人道主義の伝統を抜きには考えられないだろう。
 それでは、ノルウェーがNATOの加盟国の一つで、安全保障面で米国の核抑止力に依存することとの整合性はどうなのか。二枚舌とまで言わないにしても、矛盾ではないだろうか。実際、ドイツやオランダなどNATOの大半の国々は、共同声明に賛同しなかった。
 この質問に対するノルウェー外務省の回答は、あっさりしたものだった。
 「私たちは、その二つの側面が矛盾的なものだとは考えていません」
 「ノルウェーは、NATOが安全保障政策で核兵器の役割を低減させることにも取り組んでいます」
 核軍縮と「核の傘」を両立させるジレンマを抱える国から来た記者にとっては、正直もの足りない。そこで、ノルウェー外務省の軍縮担当者と直接接触し、同様の質問をしてみた。軍縮担当者は「あくまで個人的見解」と前置きしながら補足説明してくれた。
 「もちろん、ノルウェーにとっても、国の存亡にかかわる安全保障が重要なことは言うまでもない。しかし、核兵器はいまの国際社会で、私たちにどんな安全を与えてくれるのか。冷戦時代は、私たちも、核攻撃の脅威には『核の傘』で対抗できるという核抑止論を信じていたが、核を持つ国が増える中で、今やそうしたバランスは成立しない。核抑止論を信じ込むのはとても危険なことだ」
 この軍縮担当者は、共同声明の起草にかかわった一人。安全保障政策で核抑止力をただちに否定することはできない、としながらも、核抑止論が壊滅的なリスクと表裏一体であることを指摘し、その依存から脱却するパラダイム転換をただちに進めなければならないと強調した。
 そんなノルウェーにとって、共同声明に賛同しなかった日本はどう見えるのか。「賛同してほしかったが、失望はしていない」。軍縮担当者はそう語り、続けた。
 「いま、核兵器に対する国際社会の認識は大きく変わりつつあるが、その変化の度合いは国ごとの事情で、早かったり遅かったりする。日本はいずれ大きく変化するだろう。なぜなら日本は唯一の被爆国だから」
     ◇
 第2次世界大戦で「中立国」だったノルウェーは、ナチスドイツの侵攻を食い止められず、占領された歴史を持つ。そんな歴史もあって徴兵制を維持し、周辺国と比べても国防意識は決して低くはない。ノルウェー軍系の国防研究所のセバスチャン・ミラグリア研究員によると、ノルウェーは戦後まもなく、「中立国」の立場を維持する条件として、独自の核武装を検討した時期があったという。出した結論は、莫大な投資を伴う核武装はしない代わりに、NATOの創立メンバーとなり、米国の同盟国として安全保障を担保するのが最良の選択ということだった。セバスチャン研究員によると「それ以後、ノルウェーが核武装を検討したことはない」。ドイツやベルギーなどと違い、国土への戦術核の持ち込みを認めない政策をとってきた。
 そもそも、人道主義の外交をし、核攻撃を受ける可能性がほとんどないノルウェーの人々にとって、核兵器への関心がそれほど高くないのではないか。そんな表層な見方は、セバスチャン研究員にすすめられてオスロ市内の国防博物館を見学して吹き飛んだ。
 鋼鉄製の分厚い扉に、ピースマーク。博物館には冷戦時代、ノルウェー各地に作られたという核シェルターが現物展示されていた。
 同博物館の担当者によると、冷戦期、旧ソ連と国境を接するノルウェーは「戦略的要衝」とみなされ、旧ソ連からの核攻撃の脅威はリアルな問題だったという。大学や集合住宅などにも巨大な核シェルターが作られ、L字形の室内には放射性物質を洗い流すシャワー室が備えられ、食糧も備蓄されていたという。
 核シェルターの展示コーナーの隣には、原爆投下後の広島・長崎の民家を再現したという模型もあった。民家の造りは西洋風で、実態とはだいぶかけ離れていると感じたが、ノルウェーの人々にとって核の恐怖や広島、長崎が決して遠い出来事ではないことを実感した。
     ◇
 誤解なきように強調したいが、日本政府は、核兵器の非人道性を訴えることそのものには反対ではない。それどころか、「唯一の戦争被爆国」である日本は、ノルウェーなどが核の非人道性に着目するはるか前から、国連などで核の非人道性を訴えてきた「元祖」なのだ。
 なのに近年、ノルウェーなどの動きと比べて及び腰に見えてしまうのは、やはり米国の核抑止力に依存する安全保障政策との整合性からだ。
 核抑止とは、敵国が自国を核攻撃すれば、必ず核で報復する(日本の場合は、日米安保条約に基づき、米国の核で報復)という可能性を示しておくことで、敵国に核攻撃を踏みとどまらせるというロジックだ。外務省幹部によると、かりに日本が「核兵器がいかなる状況下でも、二度と使われないことが人類生存のためになる」という文言を含んだ共同声明に賛同すれば、核開発を続ける北朝鮮などに「日本を核攻撃しても、必ずしも報復攻撃されるとは限らない」という誤ったシグナルを与えてしまう可能性があるのだという。
 こうした考え方は、安全保障問題になじみのない人はぎょっとするかもしれない。だが、核攻撃の脅威に、米国の核抑止力で対応することは、閣議決定を経た「防衛大綱」で記されている。外務省幹部によると、広島・長崎の経験から「核なき世界」を目ざすことも、米国の核抑止力に依存する安全保障政策を確実なものにすることも、ともに「国民的要請」と考えているのだという。
     ◇
 共同声明をめぐる問題には、「続き」がある。10月7日から11月5日までにニューヨークで開かれる国連総会第一委員会で再び、核兵器の非人道性を訴える共同声明を提案する動きがあるのだ。もちろん、日本政府がどのような対応をするのか注目点の一つだ。
 外務省軍縮不拡散・科学部によると、日本政府は今度は共同声明に賛同できるよう「外交努力」をしているという。その努力の中身とは何か。外務省は具体的には明らかにできないとしているが、野口泰・軍備管理軍縮課長によると「今度は日本を含め、より多くの国が賛同できる共同声明にするよう提案国に働き掛けている」のだという。
 こうした日本政府の動きを警戒する声が、反核NGOから出ている。ノルウェーやスイス、南アフリカ、ニュージーランドなど16カ国が提案国になった核兵器の非人道性を訴える共同声明は、昨年10月の国連総会で初めて提案された時点では「核兵器の非合法化」という文言が入っていた。だが、今年4月のNPT再検討会議・第2回準備委員会に提案された2度目の共同声明では、賛同国を増やす配慮からその部分が消えていた。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のメンバーでNGOピースボート共同代表の川崎哲さんによると、「反核NGOには、賛同国が80カ国を超えるまでに広がったことを評価する声がある一方、賛同国を増やすために、内容が薄まったという批判もある」という。
 反核NGOが懸念するのは、次回提案される共同声明で、日本が賛同できない理由としてきた「核兵器がいかなる状況下でも使われないことが人類生存のためになる」という文言がそぎ落とされ、さらに内容が薄められるのではないかということだ。
 確かにここは非常に難しい問題だ。私自身、日本国民の一人として、日本にも核兵器の非人道性を訴える共同声明に加わってほしいという思いがある。共同声明に「戦争被爆国」の日本が賛同することは、核廃絶の機運を高めることにもなるはずだ。しかし、その代償として、共同声明の内容が「後退」するとしたら、どう評価すべきだろうか。
 次回の共同声明のとりまとめ役は、ニュージーランド。声明文の内容がどんなものになり、日本政府はどう動くのか。目が離せない。
 たけだ・はじむ 朝日新聞大阪本社社会部員。
2013.10.06 Sun l 脱原発・エネルギー政策 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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