(論壇時評)戦争の傷痕 すべて解決済みなのか 作家・高橋源一郎
2014年1月30日朝日新聞 より転載

 安倍晋三総理大臣が去年の暮れ、現役総理としては7年ぶりに靖国を参拝し、大きな波紋を呼んだ。それから、ほんの少し前、新たにNHKの会長になった人が、「従軍慰安婦はどこの国にもあった。解決した話なのに、韓国はなぜ蒸し返すのか」と発言し〈1〉、これもまた大きな問題になろうとしている。

 
 だが、わたしにとって、もっと大きな出来事は、1月12日深夜、テレビで、監督大島渚の半ば伝説と化したドキュメンタリー「忘れられた皇軍」〈2〉が半世紀ぶりに、放映されたことだった。

 その夜、テレビの画面を見た人たちは、半世紀前と同じように、目をそむけるか、あるいは、視線を釘付けにされたかのいずれかだったろう。

 そこに登場していたのは「元日本軍在日韓国人傷痍(しょうい)軍人会」の12人だ。日本の軍人として戦った彼らは、戦争によって手や足や視力を失った。なのに、戦後、韓国籍になった彼らには、軍人としての恩給は支給されなかった。日本政府に訴える彼らに政府は「あなたたちは韓国人だから韓国政府に陳情せよ」といい、韓国政府に訴える彼らに政府は「その傷は日本のために受けたものだから日本政府に要求せよ」という。だから、彼らは、その無残な体を見せつけるように、街頭に現れ、日本人に直接訴えたのだ。

 「眼(め)なし、手足なし、職なし、補償なし」という旗をかかげ、募金をつのる異形の者たちに、戦後18年、急激に復興しつつあったこの国の人たちが向ける視線は冷ややかだ。つかの間の慰安を求めて、安い酒を飲んでも、彼らの口をついて出るのは日本の軍歌だった。

 番組の後段、片手と両眼を失った元日本人軍属、ジョ・ラクゲンは自らサングラスをとる。国家と歴史に翻弄(ほんろう)された男の、潰れた眼から涙がこぼれる。

 彼がもし戦死していれば、靖国に「英霊」として祀(まつ)られただろう。だが、生き残った者には金を払わないのである。

 最後にナレーションは、ほとんど叫ぶようにこういう。

 「日本人たちよ、わたしたちよ、これでいいのだろうか? これでいいのだろうか?」

 その問いは、この半世紀の間に答えられたのか。問題は、すべて「解決済み」なのだろうか。

    *

 ニューズウィーク日本版が繰り返し載せた「靖国」に関する論考〈3〉からは、内向きで感情的な議論になりがちな、この問題を、冷静にとらえようとする「外側の視線」が感じられた。

 「劇場化する靖国問題」の筆者たちは「今の日本には『2つの靖国』が存在している」と書く〈4〉。それは、「中国と韓国がむき出しの感情をぶつけ、結果的に外交の道具と化した『ヤスクニ』」、そして「外国からの批判に惑わされ、日本人自身が見失ってしまった慰霊の場としての靖国」だ。

 それぞれの国内事情から「ヤスクニ」を外交カードとして使わなければならない中国や韓国、また、それに対抗するうちに、「慰霊」の場としての靖国を忘れそうなこの国。

 日本遺族会会長であり、父をソロモン沖で失った尾辻秀久参院議員は「苦い思いをかみしめ」ながら、この混乱は、日本人が自らの過去と向かい合ってこなかったツケだ、という。合祀(ごうし)されたA級戦犯たちの問題がいつまでもくすぶり続けるのは、日本人自身の手で彼らの責任を問わなかったからではないか、と〈5〉。

 わたしの親しい週刊誌記者が、ある時、「嫌韓」や「反中」記事なんか書きたくないが、売れるから仕方ないといったことがあった。だが、メディアには、冷静さを取り戻そうとする動きもある。

 週刊現代の特集は「『嫌中』『憎韓』『反日』 何でお互いそんなにムキになるのか?」〈6〉。「憎しみの連鎖」が続く現状を「常軌を逸している」とし、それぞれの国の事情を取材しつつ、日本人の根底にある「差別意識」に触れる。

 「憎しみに気をとられるな」という声が聞こえる。社会に溢(あふ)れる「憎しみ」のことばは、問題を解決できない社会が、その失敗を隠すための必須の品なのだ。

    *

 最後に、わたしの個人的な「靖国」について書いておきたい。

 父親のふたりの兄はアッツ島とフィリピンでそれぞれ「玉砕」している。大阪に住んでいた祖母は、上京すると靖国に詣でた。そんな祖母に、わたしの父親はこういって、いつも喧嘩(けんか)になった。

 「下の兄さんの霊が、靖国になんかおるもんか。あんだけフランスが好きだったんや、いるとしたらパリやな」

 では、その、わたしの伯父は「英霊」となって靖国にいるのだろうか、それとも、パリの空の下にいるのだろうか。

 父は、兄たちが玉砕したとされる日になると、部屋にこもり、瞑目(めいもく)した。それが、父の追悼の姿勢だった。もちろん、父は祖母の靖国行きを止めることもなかった。「忘れられた皇軍」兵士、ジョ・ラクゲンは父と同い年だ。

 伯父の霊は、靖国にもパリにもいないような気がする。「彼」がいる場所があるとしたら、祖母や父の記憶の中ではなかっただろうか。その、懐かしい記憶の中では、伯父は永遠に若いままだったのだ。「公」が指定する場所ではなく、社会の喧噪(けんそう)から遠く離れた、個人のかけがえのない記憶こそ、死者を追悼できる唯一の場所ではないか、とわたしは考えるのである。

    *

 〈1〉籾井勝人(もみいかつと)NHK新会長の発言(記事「従軍慰安婦『どこの国にも』」=本紙26日付)

 〈2〉大島渚監督「忘れられた皇軍」(日本テレビ・ノンフィクション劇場=1963年放送)

 〈3〉「靖国参拝はお粗末な大誤算」ニューズウィーク日本版1月14日号、特集「劇場化する靖国問題」同1月28日号

 〈4〉前川祐輔・深田政彦「劇場化する靖国問題」ニューズウィーク日本版1月28日号

 〈5〉尾辻秀久参院議員の発言(記事〈4〉で紹介されたもの)

 〈6〉「『嫌中』『憎韓』『反日』 何でお互いそんなにムキになるのか?」週刊現代1月25日・2月1日合併号

    ◇

 たかはし・げんいちろう 1951年生まれ。明治学院大学教授。初のルポ作品である近著「101年目の孤独」では、子どものホスピスなど内外の様々な場を訪ね歩いた。

2014.01.31 Fri l 歴史認識・外交 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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