(終わ りと始まり)危機意識「永遠にゼロ」 池澤夏樹
2014年3月4日朝日新聞夕刊

池澤夏樹さんのコラムに我が意を得たり!!と思ったので取り上げる。
『永遠のゼロ』の作者百田尚樹氏は、NHK経営委員なのに? だから? 南京虐殺はなかったとか、東京都知事候補は屑だといって、物議を醸している。
池澤氏の『危機意識永遠にゼロ』は、我が日本の現状をピッタリと言い当てて、我が意を得たり(^_^)!!ここに転載させていただく。途中から

 では運が悪かったらどうなっていたか。自衛隊統合幕僚監部が作った作戦計画は事態の展開を四段階に分けた。
その第三段階は「1号機から4号機の連鎖的メルトスルーの場合の
半径250km圏内の治安活動
放射能雲が6時間後には東京を含む首都圏全域に広がると想定」

第四段階は「複数の原子炉や格納容器が爆発し、制御不能状態となった場合」である。

 ■原発安全神話の独り歩き

 「エネルギー基本計画政府案」が発表された。原子力規制委員会で安全性のチェックを通った原発は「再稼働を進める」と明記された。

 彼らは三年前に起こったことを忘れたのか。どの口で「福島はなかったことにしよう」と言えるのだろう。

 一度あの時点に戻ってみよう。

 地震が起き、津波が襲来し、福島第一原子力発電所はすべての電源を失った。1号機から3号機までがメルトダウン。その後、水素爆発、冷却水漏れなどで大量の放射能が放出された。

 「それでも収まったじゃないか」と彼らは言うだろう。我々は運がよかった。⇒Top 運が悪かったら

 アメリカ軍も事態を深刻に受け止めた。そのプランを知った自衛隊の幹部はアメリカが「日本破滅のシナリオ」を想定していると考えて戦慄(せんりつ)した。

 「その時、日本は東日本を失うか否かの瀬戸際にあった」。首相・菅直人は更に先まで考えた――日本が自国で事態を収拾できなければ、「米国やロシアなどの外国から『占領』されるかもしれない。/国民のいのちと安全を、そして国を守ることができない破綻(はたん)国家となる」。

 ぼくはこれを船橋洋一の『原発敗戦』(文春新書)から引用している。福島第一と第二次世界大戦の敗北を重ね合わせて解析した興味深い本だ。

 実際には東日本の壊滅や外国勢による占領には至らなかった。その理由の第一は現場の人たちの文字通り必死・決死・懸命の努力だったが、それと並んで、いくつもの偶然が我々に幸いしたということがある。地震と津波でわかるとおり、自然には偶然しかない。やばい博打(ばくち)のサイコロが、たまたま日本破滅の寸前で止まった。

 日本の国土はプレートの境界線上にあって、地震と津波と火山の噴火のリスクが大きい。原理的に原発に向かないところなのだ。

 それとは別に、社会を運営する能力、すなわちガバナンスの問題がある。船橋が最も力を入れて説くのはここだ。彼は三・一一を六十六年前の敗戦と比較する。日本人は何も変わっていないと言う。

 具体的には――

 ○絶対安全神話に見られるリスクのタブー視化。

 ○縦割り、たこつぼ、縄張り争い。

 ○権限と責任を明確にしない。指揮命令系統を作れない。

 ○明確な優先順位を定めない「非決定の構図」と「両論併記」。

 などなど。

 この実例は原発にいくつもあった。

 例えば、二〇〇〇年の時点で(!)内閣官房は『原子力災害危機管理体制に関する調査報告書』を作成している。内容は、他の国はもっと真剣に非常事態のプランを用意している、という進言だったが、ほとんど無視された。起こってほしくないことは起こらないという絶対安全神話の独り歩き。日露戦争に勝ったのだから対米戦争にも勝つはず、という東條英機の幻想が二十一世紀まで続いていた。

 旧日本軍には下士官兵は優秀だが参謀が弱いという致命的な弱点があった。それは福島でも変わっていない。福島第一原発の吉田昌郎所長は英雄的に動いたが東電本店はただ右往左往するばかり。

海水注入を拒んで福島原発をメルトダウンに導いた東電 を見てください。

 船橋は、これを日本固有の文化の問題と捉えてはいけない、と言う。

 ゼロ戦にはパイロットを守る背後の防弾板がなかった。身軽になった分だけ格闘戦に強いが、後ろに回られたらあとがない。日本の原発も同じで、運転効率はいいが事故に弱かった。

 だからと言って、攻めに強く守りに弱いのが日本の組織、と認めてしまってはいけない。文化のせいにすれば反省の余地がなく、進歩がない。無責任。

 そうかもしれない。

 しかしぼくには、彼らが反省して態度を変えるとはとても思えないのだ。

 この三年で東電や経産省や肝心の時に敵前逃亡した保安院などの体質が変わっただろうか? 同じ人々が同じ組織で互いに庇(かば)い合って、省益・社益を守っている。この三年間の隠蔽(いんぺい)とごまかしと厚顔無恥を見ていればそれは歴然。変わる見込みは「永遠にゼロ」だ。

 船橋さんの周到な情報収集と鋭い分析を尊敬しつつ、そこからぼくは別の結論に至る――
国土の脆弱性だけでなく、文化と国民性から判断しても、他の国はいざ知らず、我々は原発を動かすべきではない。

(作家)
2014.03.04 Tue l 原発再稼動 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://natureflow1.blog.fc2.com/tb.php/279-2fa3ff12
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)