平和そのもの、でもこの平和は続くのか
気にかかるのは、8・15終戦記念日全国戦没者追悼式での安倍首相の式辞
8月6日、9日の広島と長崎の原爆死没者慰霊式・平和祈念式典のいずれにおいても
前年とそっくりの「コピペあいさつ」を繰り返した首相

ところが全国戦没者追悼式では、安倍首相はコピペを拒否し、1993年に細川首相が「哀悼の意」を表明し、次の村山首相が「深い反省」を加えて、以後16代の首相に引き継がれてきたアジア諸国に対する加害責任への言及をしなかった。

“コピペ”でなければ良いというものではない~全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞
戦没者追悼式 首相式辞、今年も「加害」に言及せず
2014年8月15日
「平和への誓い新たに」 戦没者追悼式・首相式辞の全文
2014年8月15日朝日デジタル
平成8年(1996年) 橋本龍太郎首相
また、あの戦いは、多くの国々、とりわけアジアの諸国民に対しても多くの苦しみと悲しみを与えました。私は、この事実を謙虚に受けとめて、深い反省とともに、謹んで哀悼の意を表したいと思います。

平成20年(2008年) 福田康夫首相
また、我が国は、多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えました。私は、国民を代表して、ここに深い反省とともに、犠牲となられたすべての方々に対し、謹んで哀悼の意を表します。

橋本首相以来、1期目の安倍首相を含めて16代の首相がアジア諸国民への加害についての反省と哀悼の意を繰り返すことに~~~重要な政治的意義があった。

これを削除した首相式辞を読むと
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 祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられた御霊、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遠い異郷に亡くなられた御霊、いまその御前にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 戦没者の皆様の、貴い犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、繁栄があります。そのことを、片時たりとも忘れません。
 いまだ、ふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも、決して忘れません。過日、パプアニューギニアにて、ジャングルで命を落とされ、海原に散った12万を超える方々を想い、手を合わせてまいりました。
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自国中心主義と自己陶酔の極致。
犠牲になる国民の視点がなく、神として祀ればよいと言わぬばかり。
なぜパプアニューギニアまで出かけて命を落とさねばならなかったのかを問わず、そのことが現地の人々にとって何だったのかを問わず、アジアの平和を破壊した責任を見ず、ただ自国の戦没者をたたえる。
イスラム過激派のジハード(聖戦)の思想に近いのではないか。
零戦と自爆テロ 何か共通点があるような気がする。
日本を取り戻すというのは、こんな国を再現することなのか?

『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』 / 安倍晋三・百田尚樹著 の日本中心世界観
百田氏は『永遠の0』著者、NHK経営委員
を見ると、自国中心主義で突き進んで太平等戦争に至った⇒8・15敗戦
への道を進みかねない。

民主主義が機能するのか、この人が首相であるいまの空気がとても心配 ^(^-^)^

2014.08.23 Sat l 戦争と平和 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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