日中改善へ一歩 舞台裏は 折衝は昨年6月から 福田康夫元首相
「日中改善へ一歩 舞台裏は 折衝は昨年6月から 福田康夫元首相」
対中関係の橋渡し役として日中首脳会談のお膳立てに奔走した福田元首相のインタビュー
より転載

 昨年11月に首脳会談が実現し、領土や歴史問題で冷え込んでいた日中関係にも少し、雪解けの兆しがみえてきた。そのきっかけになったのが、福田康夫元首相と習近平国家主席による昨夏の極秘会談だったといわれる。習氏とはどのようなやり取りを交わしたのか。そこに至る中国側との折衝はどうだったのか。福田氏が初めて、一連の内幕を語った。

福田元首相

 ――昨年11月10日に、ようやく、安倍晋三首相と習国家主席の会談が実現しました。日中関係は改善に向かうでしょうか。

 「互いの首脳が2年間も会わないのは、異常な事態だった。1年ほど前に米国に行ったとき、『日中はいつ、戦争するのか』と聞かれた。東南アジアや欧州の国々もかなり心配した。まさに危機的な状況にあった。それなのに日中は、相手が譲るまで動くまいとにらみ合っていた。首脳が会い、ひとまず、こんな異常事態からは脱した。問題はこれからですね」

 ――日中は首脳会談に先立ち、歴史や東シナ海の問題で、4項目の共同認識を文書にしました。ただ、日本語と中国語では、早くも食い違いがみられます。

 「あの文書で、尖閣諸島や歴史の問題が解決したわけではない。ただ、そのことはさておき、関係を前に進めようというのが、両首脳の了解だ。去年5月、6月に中国軍機と自衛隊機のニアミスがあった。もし本当に衝突したら、どうなっていたか。当時は、本当に危機の入り口にあった」

 ――ただ、中国側の対応はかなり、ゆっくりです。文書で合意した危機管理制度づくりは、ようやく先週、協議が再開しました。

 「危機管理の制度づくりは必ず、動きます。その点は心配ない。習主席も、日中はこのままではいけないとの危機感をもっている」

 ――それでも、すぐには動けない内部の事情が、中国側にあるのでしょうか。

 「2年間、関係がほったらかしになっていた。首脳が会った途端に、どんどん話を進めましょう、とはなりづらい。中国の人口は日本の10倍もあり、国土も広い。急速に進めれば、内部でどんな反発が生まれるか分からない。慎重に、問題がないように進めていくつもりでしょう」

 ――昨年7月28日に習近平主席と極秘に会談しましたね。これが首脳会談が実現する転機になったといわれていますが、どんなやり取りでしたか。

 「習氏とは細かな話ではなく、大局的な話しかしていない。細かいやり取りは全部、事前に中国側と済ませてあった。習氏と会う1カ月以上、前のことです。中国側はその私とのやり取りを習氏に報告し、会談の話を上げたのでしょう」

 ――実は昨年6月にも極秘に訪中していた、と。

 「あれは極秘ではありません。皆さんが気づかなかっただけです」

 ――では、尖閣諸島や歴史問題については、習氏と会う前に、中国側と議論ずみだったわけですね。

 「そうですね。事前に私の考え方を伝えたうえで、もう首脳会談を開かないといけない、と話した」

 ――この中で、安倍首相が再び、靖国神社に参拝することはないとの見方も伝えたのですか。

 「安倍氏とは事前に何回も話をしているから、彼の考え方もわかっている。だから、率直に、私はこう思いますよ、ということは伝えた。また、『安倍さんは決して、タカ派的なことを考えているわけではない。平和主義を基本に、そのうえで何ができるか考えている』と説いた。だから、習氏は私と会う時点ではかなり理解していたと思う」

 ――事前の調整で、尖閣問題についてはどんな話を交わしたのでしょう。

 「これは、すぐには解決しませんよ、と。だが、それで首脳会談も開かないのは、おかしいのではないですか、と言った。互いの溝を埋めることを条件にしたら会談はできない。その間にも、危機は刻々と進んでいく。危機を回避することが、まず肝心だ。こう説き、中国側も同意した」

 ――そのうえで、習氏とは何を話したのですか。

 「もっと全体的な話だった。戦略的互恵関係は日中だけではなく、この地域の安定にとって大切であり、世界にどう影響するかも考えていかなければならない。この点について、異存はないでしょう、とこちらから問いかけ、同意を得た」

 ――昨年8月27日、自身の講演で、「習氏は日本の悪口は言わなかった。考え方は(私と)変わらない」と説明しましたね。

 「会談で、彼から日本への苦情は聞いたことはない」

 ――習氏から日中の現状への危機感や、改善への意欲は語られましたか。

 「向こうも大国として振る舞わなければならないと考え始めているから、大局の話は理解できる。それを行動に移してもらうよう、仕向けていく必要がある」

 ――複数回、会ってみて、習氏はどんなリーダーだと感じますか。

 「安倍さんとの会談冒頭での仏頂面が、日本で話題になった。でも、あの人は意外と人見知りするのではないですか。最初からニコニコする、というふうではない。とても真面目な人ですよ。中国要人の中にはさんざん日本を批判してきた人もいる。安倍さんに会ったからといって、習氏も突然、ニコニコするわけにはいかない内部事情があるのでしょう」

 ――習氏から、反日的な要素を感じる場面は。

 「全然ないですね。少なくとも私が会談したかぎりでは、こちらの言葉を前向きに受け止め、考えてくれていた。そこは信頼関係だ。互いに信頼がないと、まともな話ができない」

 ――昨年10月29日にも再び、習氏と北京で会談しました。印象に残るやり取りはありましたか。

 「博鰲(ボーアオ)アジアフォーラムの理事数人の代表として会ったので、日中のことだけ言える場ではなかった」

 ――今年は戦後70周年です。中国はロシアと戦勝記念式典の共催を計画するなど、歴史問題で日本批判を強めるとみられます。

 「日本は戦後、歴史の反省のうえに平和国家としての大道を歩んできたのだから、主張すべきはするが、一つ一つのことに反応することはない」

 ――彼らの大国意識が強まっている、と。

 「大国意識というより、経済規模で日本を抜いた、という思いですかね。中国はさらに成長し、いずれ米国と同規模になるかもしれない。だが、日本人やメディアにはそう思いたくない人もいる。私が官房長官だったとき(2000~04年)、中国の1人当たりの所得は日本の50分の1ぐらいだった。ところが、いまは4分の1近くになっている。貧富の差はあるものの、中国の生活がここまで変わっている現実を、我々も踏まえなければいけない」

 ――一方で中国にも、大国の責任を果たし、膨張主義に走らないよう自制してもらわないと困ります。

 「急成長している国は、自分の行動が他国にどんな不安を生んでいるのか、分からなくなってしまう。戦前の日本はそれで失敗した。調子がいい時にこそ、気を付けなければならない。これは中国にもいえる」

 ――それでも中国が強硬な行動に走るとしたら、どうしますか。

 「そうなれば、中国は国際社会の反発を買ってしまう。昨年、南シナ海での強硬な行動も、各国の反発を招いた。緊張を高めれば、中国の世論もいきり立ってしまう。今は昔と違って『地球村』になっているのだから結局、中国の安定にもマイナスになる」

 ――福田政権当時の08年、日中は東シナ海のガス田共同開発で合意しました。ただ、その後、具体化の協議は止まっています。

 「はっきり言って、この協議は止まった。しかし、中国はあの合意の後は、従来のような強硬な主張はしていない。だから、合意の意味はあった。日本に保守派がいるように、中国内にもいる。日本の10倍の人口を抱えているので、とにかく時間がかかる」

 ――対中外交は米国との連携も欠かせません。

 「中国が協調的、協力的な国になるかどうか、米国も決めかねていると思う。しかし、中国を無視できないと考えていることだけは間違いない。そう考えている米国と、日本はどう連携するのか、真剣に考えるべきだ」

 ――米国の歴代政権の対中政策は、強硬と協調の間で揺れてきました。

 「米国も中国の経済力は無視できない。若干のリスクも感じながら、中国と付き合っている。もっとも、米国からみて、中国はずいぶん遠い。だから日本より、やや楽観的に構えている人もいる。日本はそうはいかない。中国に何かあれば、米国よりも深刻な影響を受けてしまう」
2015.01.20 Tue l 歴史認識・外交 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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