原爆被爆者疫学調査とチェルノブイリ~福島 で原爆の被爆による健康被害について調べた。
広島に投下された新型爆弾が原子爆弾であることを断定した原本が発見されたという記事を見たので、記録しておく。

荒勝京大元教授:広島原爆、断定の原本…遺品から発見
毎日新聞 2015年06月26日 より転載
 1945年8月、広島に原爆が投下された直後に現地で調査した京都帝国大学(現京都大)教授の荒勝文策氏(故人)が、「新型爆弾」が原爆だと初めて科学的に断定した分析資料の原本が、遺族が保管していた遺品から見つかったことが分かった。荒勝氏らが現地調査し、科学的に原爆だと突き止めたことは知られていたが、データの原本が明らかになったのは初めて。核開発史に詳しい政池明・京大名誉教授(80)=素粒子物理学=は「原爆開発に関与した当時の日本の科学者が、どのように原爆と特定したかが分かる貴重な資料だ」と評価している。
 資料は現在、荒勝氏の家族から政池氏の手を経て、京大総合博物館に保存されており、学習院大大学院生の久保田明子さんが内容を分析しているとのことである。
 ◇投下4日後、土壌調査

 荒勝氏は太平洋戦争中、海軍の委託で原爆開発(通称「F研究」)の責任者を務めた。資料は、孫弟子にあたる政池名誉教授が荒勝氏の家族から預かった遺品約550点の中に含まれているのを、学習院大大学院生の久保田明子さんが見つけた。現在は京大総合博物館で内容を分析している。

 見つかった資料は、荒勝氏らの京都帝大調査団が爆心地付近の土壌などの放射線を測定した手書きのグラフや図表。荒勝氏は原爆であれば放出された多量の中性子により、周辺の物質が放射能を持つと考えた。8月10日に爆心地近くの土壌を採取し、京都に持ち帰った。12日に遮蔽(しゃへい)用のアルミニウム板の厚みを変えながら透過するベータ線を測定しグラフ化。土壌に含まれる放射性物質の最大エネルギーを0.9メガ電子ボルト、見かけ上の半減期を20時間と明らかにした。

 調査団は13日から再び広島市内24カ所で、電柱で使われていた硫黄や死んだ馬の骨などから出るベータ線の特性も調べた。これらのデータから、新型爆弾は原爆だったと海軍に報告した。「核分裂を起こしたウランは1キロ程度」と推測しており、「約1キロ」とされる実際の量と一致している。

 広島への原爆投下はトルーマン米大統領が直後に声明を出したが、当時は「敵の謀略」との見方もあった。大本営が現地調査団を派遣し、陸軍主導の原爆開発の責任者だった理化学研究所の仁科芳雄博士も加わった。8月10日には現地で大本営が会議を開催し、荒勝氏も出席。被害状況や病院の保管フィルムが感光していたことなどを総合して、新型爆弾は原爆と結論づけていた。【千葉紀和】

 ◇荒勝文策氏(あらかつ・ぶんさく=1890〜1973年)◇

 兵庫県出身。京都帝国大卒。台北帝大教授、京都帝大教授などを歴任後に甲南大の初代学長を務めた。専門は原子核物理学。台北帝大教授時代の1933年、アジアで最初の加速器(コッククロフト・ウォルトン型)を作り、原子核を人工的に別の原子核に変換する実験を成功させた。海軍の委託で原爆開発「F研究」の責任者を務めた。一方、陸軍は原爆開発(通称「ニ号研究」)を理化学研究所の仁科芳雄博士に委託した。
2015.07.16 Thu l 原爆症・低線量被曝検証 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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