実測210シーベルト、廃炉阻む 福島第一2号機の格納容器
asahi 2017年2月19日 より天才
参考のために記録しておく。

 炉心溶融(メルトダウン)した東京電力福島第一原発の2号機格納容器に、遠隔カメラやロボットが相次いで入った。溶けた核燃料のような塊、崩れ落ちた足場、毎時数百シーベルトに達する強烈な放射線量……。原発事故から6年で、ようやく見え始めた惨状が、廃炉の多難さを浮き彫りにしている。

■扉ごし調査、デブリ散乱、サソリ停止
 今月上旬、廃炉に向けた作業が進む福島第一原発に記者が入った。
海沿いに原子炉建屋が並ぶ。水素爆発を起こした1号機は、吹き飛んだ建屋上部の鉄骨がむき出しだ。3号機は建屋を覆うカバーの設置工事が進むが、その隙間から水素爆発で崩れた建屋がのぞく。

 それらに比べ、間に立つ2号機の外観は事故前とほとんど変わらない。だが、この2号機こそ、原発事故で最大の「危機」だった。

 2011年3月15日未明。2号機の格納容器の圧力が設計上の上限の倍近くに達した。その後、圧力は急激に低下したが、なぜ爆発を免れたのか、いまだにはっきりしていない。

 もし、爆発して核燃料がまき散らされていれば……。そんなことを思いながら2号機建屋の前に立った。二重扉のすぐ向こうに、格納容器がある。

 「10メートル先は毎時8シーベルトの放射線量があります」

 東電担当者が警告した。

 廃炉で最大のハードルが、溶け落ちた核燃料の取り出しだ。原子炉のどこに、どれほどの燃料が溶け落ちているのか。まず、その把握が必要だ。

 2号機では先月末から、カメラやロボットによる格納容器内の調査が進む。

 建屋の外に貨物列車のコンテナのような建物があった。カメラなどを遠隔操作する「仮設本部」だ。狭い空間に折りたたみ式の机が置かれ、パソコンのモニターが並ぶ。壁は放射線を遮る鋼鉄製だ。

 一連の調査で、格納容器内の状況が分かってきた。

 圧力容器の下にある作業用の足場には、溶け落ちた核燃料(デブリ)とみられる黒い塊が多数こびりついている。高温の核燃料の影響か、鉄製の足場はカメラで見える範囲ほぼすべてが崩落していた。

 9日に投入されたロボットのカメラは、約2時間で視野の半分ほどが映らなくなった。放射線が強いと、電子部品はどんどん劣化して壊れていく。それに伴って現れる画像のノイズの量から、線量が推定できる。東電は最大で毎時650シーベルトの線量と推定。1分弱で致死量に達する値だ。

 16日には前後に2台のカメラを搭載した調査ロボットが投入された。後部カメラを持ち上げる姿から通称「サソリ」。14年から開発が進められてきた調査の切り札だ。線量計も搭載しており実測できる。

 サソリは格納容器の中心部まで進み、線量を計測したり、高温の核燃料によって溶かされて穴が開いた圧力容器の下部を撮影したりする計画だった。

 だが、圧力容器に近づく前に、駆動部に堆積(たいせき)物が入り込むなどして動けなくなった。進めたのはわずか2メートルほど。そこで計測した線量は毎時210シーベルト。事故処理で実測された最大値だ。

 東電の担当者は会見で「成果はあった。失敗ではない」と繰り返したが、関係者は落胆を隠せなかった。「サソリにはかなり期待していた。それだけにこの結果はショックだ」

 (富田洸平)

 ■核燃料、残量も状態も謎

 ようやく見えてきた2号機内部の状況。だが、一方で、謎も出てきた。

 圧力容器から溶け落ちた核燃料は、そのまま落下したと考えられている。だが、毎時210シーベルトの線量が計測された作業用レールは、圧力容器の直下から離れている。ロボット投入口付近も推定毎時30シーベルト。格納容器内の広い範囲に高い線量の場所があるのはなぜなのか。

 「溶けた核燃料が直接レールに積もったのではなく、格納容器の底で水分の多いコンクリートと激しく反応し、溶岩が海に流れ込んだ時のように遠くまで飛び散った可能性がある」

 東京大の阿部弘亨(ひろあき)教授(原子力材料学)は、東電が公開した調査の映像を見て、こう推測する。

 ただ、圧力容器に近づくと線量は推定毎時20シーベルトに下がった。阿部さんは「飛び散ったのなら、中心近くこそ高線量でないとおかしい。レール上の堆積物も、飛んできた核燃料なら小さい粒のはず。不可解だ」。

 映像には、圧力容器の下部の機器が比較的原形を保っている様子も映っていた。圧力容器の穴はそれほど大きくない可能性があるという。「どれだけの核燃料が溶け落ち、どれだけ圧力容器に残っているのか。それが今後の取り出しを左右する」と指摘する。

 東京工業大の小原徹教授(原子核工学)は、ロボットの底などに付着した物質を回収して分析する必要性を訴える。「核燃料が何と混ざっているのかが分かれば、事故の進展や、溶け落ちた核燃料が今どんな状態なのか推定できる」

 だが、格納容器内の環境は、想像されていた以上に悪く、今後の調査の見通しはたっていない。

 東電と国は、取り出し方法を18年度に決め、21年に1~3号機のいずれかで取り出し始める計画だ。強い放射線を遮るため、格納容器を水で満たす工法が有力視されている。だが、格納容器は損傷し、水漏れが激しい。損傷の位置や数も特定できていない。楢葉遠隔技術開発センター(福島県楢葉町)には格納容器の一部が実物大で再現され、国際廃炉研究開発機構が止水技術などを開発中だ。

 阿部さんは「ようやく内部の状況が見え始めたばかり。廃炉はリスクを考えながら、一歩一歩進めるしかない。今ある計画や方法に縛られず、臨機応変に変えることも大切だ」と話す。

 (東山正宜、杉本崇)

 ■<視点>「事故忘れるな」私たちへの警告 科学医療部・竹内敬二

 溶けた核燃料が飛び散った格納容器の惨状には、多くの人が肝を冷やしただろう。

 2011年3月15日の早朝の緊張感を忘れられない。福島第一原発2号機の格納容器の圧力が上昇し、「爆発が近い」といわれた。政府や東電、メディアを含め、事態を注視していた関係者を震撼(しんかん)させた。

 ちょうどその頃、原子力委員長らは格納容器の破壊から始まる「最悪シナリオ」の検討を始めた。高濃度の汚染物質が原発周辺を汚し、複数の原発が冷却不能になって次々に壊れる。その結果、「汚染による移転区域は東京都を含む半径250キロ以上……」。そんなシナリオだ。

 福島第一原発の事故は広大な地域を汚染したが、東京をも広く汚染する破滅的事態とも紙一重だった。この現実を忘れてはならない。

 これから、溶けた核燃料との長い闘いが始まる。

 同様の例は1986年に爆発事故を起こした旧ソ連チェルノブイリ原発しかない。原子炉底部に核燃料が丸くかたまった「ゾウの足」がある。昨年、その原子炉全体を包む新シェルターができた。事故後30年でようやく完全な封じ込めが完成した。核燃料の処理は「50年くらいたってから考える。放射能も下がるし」という。百年作業なのだ。

 しかし、東電は、2021年に「燃料取り出し」を始めるという。実際には核燃料をどう管理して、どこに運ぶかさえも決まっていない。無理だといわざるを得ない。

 事故処理や費用では、しばしば楽観的な数字、スケジュールが示される。早く終えたいのだろうが、廃炉の難しさについての誤ったメッセージになりかねない。

 日本の原子力政策の最大の問題は「何があっても変わらないこと」と言われる。それは、事故後も続いている。日本はいま、ほとんど原発なしで社会が動き、再稼働への反対も強い。なのに、原発に多くを依存する計画を維持している。高速増殖原型炉もんじゅを廃炉にしてもなお、核燃料サイクル実現をめざすという無理な目標を掲げ続ける。

 世界をみれば、原発は建設数が低迷し、建設費や安全対策費も高騰している。フランスのアレバ社や東芝のような原発関連の企業の苦境があらわになっている。しかし、日本政府は「今も近い将来も原発の発電コストは安い」と言い続ける。こうした無理な原発政策を続ければ、結局、ツケは未来の世代に回る。

 日本をひっくり返した事故からほぼ6年。「のど元すぎれば」と関心も薄らぎつつある。そんな中で推定とはいえ毎時650シーベルトという衝撃の数字が現れた。私たちののど元に「忘れるな」と突きつけられた警告だ。

 原発政策の虚構を取り除き、コストと民意を重視する政策に変える。事故を起こした世代の責任だ。
2017.02.21 Tue l 原発事故 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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