埋もれた歴史、光当てる旅 両陛下のベトナム訪問
2017年3月4日朝日新聞 より転載
戦争責任をただ一人負い、責任を果たそうと努力を続けられる姿に深い敬意をささげる。

 天皇、皇后両陛下にとって今回のベトナム訪問は、即位後20回目の外国訪問となる。昨年8月に天皇陛下が退位の意向をにじませるお気持ちを表明し、政府で検討が進む。来年中の代替わりが現実味を帯び、最後の外国訪問となる可能性もささやかれる。

 だが取材を進めると、両陛下が長く、ベトナム訪問を望んでいたことがわかる。その心中にはやはり、「平和」への思いがある。

 旧日本軍は1940年9月にベトナムに進駐、45年8月まで駐留している。この間、大規模な飢饉(ききん)も発生。建国の父ホー・チ・ミンは45年9月の独立宣言の中で「日本とフランスの二重のくびきのもと(中略)200万人以上の同胞が餓死した」と述べている。

 ベトナムの暗い過去に、日本は無関係ではない。

 両陛下は今回、終戦後帰還せず、ベトナムにとどまった旧日本兵の家族に対面した。残留日本兵はフランスからの独立を目指したベトミン(ベトナム独立同盟)に協力、多くがベトナム人女性と結婚し、家庭を持った。だが東西冷戦を背景に旧日本兵は日本に送り返され、家族はバラバラになる。残された家族は日本に去った夫や父を思い続けたが、連絡すらとれない時期が続いた。両陛下は、歴史に翻弄(ほんろう)された妻らに会い、その苦労を慰めた。

 ベトナム戦争で米軍が使用した枯れ葉剤の影響で「結合双生児」として生まれたグエン・ドクさん、戦後の貧しさから唇や上あごにすき間などがある「口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)」を治療できない人たちに無償手術を施してきた医師・夏目長門氏、独立運動指導者ファン・ボイ・チャウの親族――。両陛下のこの地での対面者はいずれも、戦争や、見過ごされがちな悲劇と向き合う人々で、平和を願う両陛下の思いで実現したものだ。

 戦後70年にあたる一昨年のパラオ、昨年のフィリピン訪問は太平洋戦争の激戦地を巡る「慰霊の旅」だったとすれば、今回は「埋もれた歴史に光を当てる旅」だと言える。

 だれひとり置き去りにせず、寄り添う。その姿は、国内のハンセン病施設や離島を巡ってきた象徴天皇としての歩みと、重なる。

 (皇室担当 島康彦)

 ■ベトナムの歩みと日本との関係

1945年 9月 ベトナム民主共和国が独立

  54年 7月 ジュネーブ休戦協定、北緯17度線でベトナムは南北に分断

  60年12月 南ベトナム解放民族戦線が結成

  65年 2月 米軍が北爆を開始し、ベトナム戦争が本格化

  73年 1月 パリ和平協定で米軍が撤退へ

  73年 9月 日本と国交樹立

  75年 4月 サイゴン陥落でベトナム戦争終結

  76年 7月 南北が統一、国名はベトナム社会主義共和国に

  78年12月 ベトナム軍がカンボジア侵攻

  86年12月 共産党大会でドイモイ(刷新)政策を採用、改革・開放路線に

  89年 9月 ベトナム軍がカンボジアから撤退

  92年11月 日本の対ベトナム援助再開

  95年 7月 ASEAN加盟、米と国交正常化

2007年11月 チェット国家主席が国賓で来日

  14年 3月 サン国家主席が国賓で来日

 ■両陛下、ベトナム・タイ訪問の主な日程

2月28日 ハノイ到着

3月 1日 歓迎式典。国家主席夫妻主催の晩餐(ばんさん)会

   2日 残留日本兵の家族らと対面

   3日 フエに移動

   4日 ファン・ボイ・チャウ記念館訪問

   5日 バンコクに移動。故プミポン国王を弔問

   6日 帰国
2017.03.05 Sun l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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