戦後70年をターニングポイントに、日本は現行憲法の範囲を逸脱し国民主権、基本的人権、平和主義を敵視する政党が多数を占めるようになってきている。戦争できる国の復活である。
 天皇陛下が2019年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に新天皇に即位されることが今月1日の皇室会議で固まった。政府は陛下の退位日を正式に定める政令を8日に閣議決定する。退位の意向をにじませた「おことば」から1年4カ月。「象徴」としての務めを通じて陛下が私たちに問いかけたものとは?
論点 天皇退位の日程固まる 毎日新聞2017年12月6日 より

守り続けたい「象徴」制 山折哲雄・宗教学者
現行憲法の1条は天皇を日本国の「象徴」と定めているが、2012年の自民党憲法改正草案は「元首」としている。象徴天皇制と元首天皇制は根本的に矛盾する。ここを議論の対象にすべきだが、現実にはそうはなっていない。問題提起してこなかったメディアにも大きな責任がある。

 天皇陛下が半生を費やして取り組んできた象徴制だが、その真意が現代の国民にはまだ浸透していない。今後、日本人の天皇観がどのように変化するかは分からないが、無関心層が増えるように感じる。そうなると、象徴制の帯びる緊張感が薄れ、政治による恣意(しい)的な解釈が先走る。天皇の政治利用とアイドル化が進むのではないか。それは日本の歴史に対する関心が薄れていくということでもある。関心を持ってもらうためには「過去と現在」、あるいは「日本と海外」という比較の観点を保ちながら、次代に粘り強く歴史を教えていくしかないだろう。

 退位の時期が決まっても、ここは何よりも「象徴」制を守り、「元首」化を阻止する取り組みを政府や国民には期待したい。今のところ、簡単に元首化して改憲の道を進んでいくとは思えない。だが、国民投票の実施に至るかもしれない可能性を考えると、今ここで象徴制と元首制の問題を提起し、しっかり議論の対象にしていかなければならない。

参考リンク
岐路に立つ象徴天皇制 天皇陛下の「生前退位」のお言葉から
論点 天皇退位の日程固まる 毎日新聞2017年12月6日 より転載
 天皇陛下が2019年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に新天皇に即位されることが今月1日の皇室会議で固まった。政府は陛下の退位日を正式に定める政令を8日に閣議決定する。退位の意向をにじませた「おことば」から1年4カ月。「象徴」としての務めを通じて陛下が私たちに問いかけたものとは?

守り続けたい「象徴」制 山折哲雄・宗教学者
 退位の時期が固まったことに大きな意味はない。ここに至るまでの議論も本質的な問題ではないと思う。政治日程の都合や皇室行事との兼ね合いはあるだろう。だが、退位時期に国民の耳目を集めることで、本来もっと議論を深めなければならない「象徴天皇制の維持」という問題を取るに足らないものと思わせることが現政権の狙いのようにも見える。

 憲法改正を巡っては9条が大きな話題になってきたが、1条についてももっと議論を深めるべきだ。現行憲法の1条は天皇を日本国の「象徴」と定めているが、2012年の自民党憲法改正草案は「元首」としている。象徴天皇制と元首天皇制は根本的に矛盾する。ここを議論の対象にすべきだが、現実にはそうはなっていない。問題提起してこなかったメディアにも大きな責任がある。

 天皇を元首とする場合、その起点は明治天皇になる。来年は明治元年から満150年にあたる「明治150年」だ。最近、「文化の日」の11月3日を「明治の日」にしようとの声も聞こえてくる。もし、明治150年を祝うことになれば、天皇の退位・即位も明治天皇を重要な参考にするのではないかとの危惧の念を持つ。退位・即位の儀式も、現政権がそれらの動きと関連付けたようなものを考えているのだろうと推測する。しかし、現在の天皇陛下は元首制を避け、象徴になるための努力を半生にわたって続けてこられた。元首制は天皇陛下が即位以来、努力してきた考え方や行動のあり方に反する。

 戦後の象徴天皇制を理解しようとするなら、1000年単位で日本の歴史を見なければならない。これまで日本には長く平和な時代が2度あった。平安時代の350年と、江戸時代の250年だ。それが可能だったのは、政争や戦いなどの紆余(うよ)曲折を経て、独自の「象徴」制という社会システムを作り上げたからだ。つまり、政治は宗教的権威を侵さず、宗教的権威は政治権力と一体化しない。相互を抑制する二元体制だ。

 しかし、大政奉還して明治維新を迎えた段階で、日本の伝統的な多神教的な神道がキリスト教の影響を受けて一神教化し、国家神道へと変化していった。そして帝国主義の波に巻き込まれ、戦争の時代に突入していく。天皇陛下は、歴史に逆行するその時代には帰りたくないと思われているはずだ。もし帰れば、終戦以降に築いてきた昭和天皇以来の伝統や遺言を裏切ることになるから。

 天皇陛下は皇太子時代、嵯峨天皇(786~842年)への思いを語っておられる。疫病の流行や飢饉(ききん)に苦しむ民生の安定を祈った嵯峨天皇以来の写経の精神が、自分がよって立つべきところだと。「明治天皇のような専制君主にはならない。自らが進むべき道は嵯峨天皇のような象徴天皇だ」という決意表明に他ならないと私は推察する。その思いは、天皇に即位されてからも変わっていないことが、これまでの言動からもよく分かる。

 天皇陛下が半生を費やして取り組んできた象徴制だが、その真意が現代の国民にはまだ浸透していない。敗戦と同時に降ってわいてきたという感覚だろう。政治家も同じだと思う。今後、日本人の天皇観がどのように変化するかは分からないが、無関心層が増えるように感じる。そうなると、象徴制の帯びる緊張感が薄れ、政治による恣意(しい)的な解釈が先走る。天皇の政治利用とアイドル化が進むのではないか。それは日本の歴史に対する関心が薄れていくということでもある。関心を持ってもらうためには「過去と現在」、あるいは「日本と海外」という比較の観点を保ちながら、次代に粘り強く歴史を教えていくしかないだろう。

 退位の時期が決まっても、ここは何よりも「象徴」制を守り、「元首」化を阻止する取り組みを政府や国民には期待したい。今のところ、簡単に元首化して改憲の道を進んでいくとは思えない。だが、国民投票の実施に至るかもしれない可能性を考えると、今ここで象徴制と元首制の問題を提起し、しっかり議論の対象にしていかなければならない。【聞き手・須藤唯哉】

「譲位」の儀式は一連に 所功・京都産業大名誉教授
 天皇のあり方は、前近代と近現代とで相当に異なる。古代から幕末までは、天皇は法の上に立ち、天皇を拘束する規定は原則的になかった。だからこそ、政治的に大きな力を持ったり、逆にほとんど無に近い状況に置かれたりした時代もある。それが、明治以降、西洋の立憲君主制を参考に、天皇を法の中に定める形に変わった。それは時代の要請でもあったが、制度によって、皇室が自動的に継続するような錯覚を生じたのではないか。

 だが、制度は人によって支えられている。天皇が制度をどう担われるかは具体的な問題だ。法は抽象的なものだが、天皇には生老病死も喜怒哀楽もあり、生身の存在だという実感が抜け落ちやすい。私たちは陛下の思いをご本人の身になって考えることが少ない。大正天皇がご病気でも摂政を置いてしのいだことから、制度を過信してきたのではないか。

 皇室の制度は戦前の方が充実していた。宮内省や内大臣府があって、宮内大臣や内大臣がおり、枢密院も置かれていた。天皇個人の力量を超えることがあっても、天皇を支える機関や人材がそろっていた。しかし、戦後は、宮内省が宮内庁に格下げとなり、内大臣府も枢密院も廃止された。特に連合国軍総司令部(GHQ)占領時代の天皇は、厳しい状況に置かれた。今の陛下も約30年にわたり、ご自身で政治と距離を置きつつ、象徴の役割を果たされてきたが、実に難しい綱渡りだった。

 昭和天皇の場合は、戦前の延長で戦後も行動されることがあった。「臣茂」と称した吉田茂元首相のように、戦後も天皇に仕える強い思いを持つ人が多くいたからだ。一方、そうした支えが少なくなった今の陛下は「象徴天皇とは何か」を常に自問し、模索してこられたのである。

 制度と人間性の関係をどう考えるべきか--。この大きな問題が、高齢化に伴う譲位の問題として如実に表れたと思う。陛下のように55歳でトップに就任し、80歳を超えてなお現役でいるのは、容易でない。しかも、70歳を前に前立腺がんの全摘手術を、また78歳で心臓のバイパス手術を受けられたのだから、もっと早く適切な対応をすべきであった。制度は必要だが、それを担う人の力には限界がある。昨年8月の「おことば」から、そのことを知らされた。同じ轍(てつ)を踏まないよう、政治家も国民も常に思いを巡らす必要がある。

 陛下の退位を可能にする特例法は今年6月に成立した。政府の法案提出前に、国会が全党の意見を聞き、「国民の総意に基づく」天皇のために大筋合意したことを高く評価したい。この法律は重要なことを幾つか示している。今回は高齢化を理由に退位すること、退位と即位を直結して「譲位」による皇位の連続性を明確にしたこと--などである。

 また、退位の日程は皇室会議に諮ることも定められた。この会議は、皇族代表2人と三権の代表者8人で構成され、皇室と国民の合意形成の場として、今後も活用できる。さらに特例法の付帯決議により、皇族女子が結婚後も皇室にとどまれるようにする「女性宮家の創設」も例示している。これを契機に、安定的な皇位継承を可能にする典範改正への道が開かれることを期待したい。

 政府は陛下が平成31(2019)年4月30日に退位し、5月1日に新天皇が即位すると閣議決定する。しかし、それは法律上の変わり目であり、人々が具体的な事実として認識するには、退位と即位の儀式を5月1日に宮殿で引き続き行う必要がある。また、元号法で「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」と定められているので、新元号案を早めに内定し発表するにしても、正式に決定し公布するのは即位当日でなければならないと思う。

 今回の代替わりは、昭和の終末のような重苦しい雰囲気でなく、明るい晴れやかな状況で迎えられる。私たちは、象徴のお務めを精いっぱい続けてこられた両陛下に感謝しながら、皇太子さまへの皇位継承がスムーズに行われ得る環境をみんなで作りあげていきたい。【聞き手・岸俊光】 
2017.12.07 Thu l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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