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平成最後の8月15日終戦の日
天皇の戦没者追悼式のお言葉がみにしみる。
天皇制讃美者ではないが、天皇陛下、天皇家は、混沌の日本において人間性・道義性で際立った巨人であると思う。イリベラル・デモクラシーの日本での唯一の反対者として対峙される天皇の原点ともいえる「慰霊の旅」

終着迎えた「慰霊の旅」
毎日新聞2018年8月17日
 天皇、皇后両陛下の平成最後となる15日の全国戦没者追悼式への出席は、これまで続けてこられた「慰霊の旅」の一つの終着といえるのではないだろうか。退位後も戦没者への思いは変わらず持ち続けられるだろうが、衆目の中、全身で哀悼を示すやり方はこれが最後となると思われる。

 追悼式の模様をテレビで見たが、標柱の前で原稿を読み上げられた陛下は、原稿をしまわれた後もしばし去りがたいような様子を見せられた。

 即位後、両陛下の慰霊の旅は1994年2月、小笠原諸島の硫黄島訪問から始まった。

慰霊の旅とは何だったのか。
1つには、父・昭和天皇が戦争を止められなかった事の責任を引き受け、果していくと共に歴史への反省を無言のうちに示すイニシアチブだったと思う。

2つに、日本の象徴による「慰霊の旅」は、日本の道義性を国際社会に示し、平和主義国家日本への信頼を高めたこと。

60-80年代、軍国主義日本の復活の可能性が東南アジアで何度か話題になった。しかし平成になって歴史問題を抱える中韓は別にして、そうした議論が起きたとは科目にして知らない。

「慰霊の旅」は道義性を越えた政治的意味合いも結果として持ったといえる。 
客員編集委員 西川恵

終戦の日 不戦、誓い続ける 73年、戦没者追悼式
毎日新聞2018年8月15日
「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れない」
と戦争による犠牲を当然として、尊い犠牲の上に平和を築いたと褒め称え、反省の言葉のない安倍首相

「さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と
深い反省とともに、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表される」天皇
 終戦から73年となる15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館で開かれた。天皇、皇后両陛下や戦没者遺族ら約7000人が参列し、日中戦争と第二次世界大戦で犠牲になった約310万人を悼んだ。来年4月の退位を控え、最後の参列となる天皇陛下はおことばで、「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」と新たに述べられ、戦争について戦後70年の2015年から4年続けて「深い反省」との表現を用いて平和を祈る気持ちを示した。

陛下、最後の参列
 式典は正午前に始まり、安倍晋三首相は「今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れない」と哀悼の意を表明。「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。争いの温床となるさまざまな課題に取り組む」と決意を述べた。アジア諸国への加害責任や謝罪には今年も触れず、「不戦の誓い」の文言もなかった。

 正午からの1分間の黙とうの後、天皇陛下がおことばを読み上げた。「さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と語り、「深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べた。

 追悼式は平成最後となる。約30年で、参列者の中心は犠牲者の妻から子どもへと様変わりした。戦後生まれの孫、ひ孫世代が増え、世代を超えた継承の在り方も問われている。

 厚生労働省によると、今年の参列予定の遺族は2~102歳の5455人で、戦没者の子どもが過半数の2864人と最多。平成元年(1989年)に3269人と約半数いた妻は13人まで減った。一方、45人しかいなかった戦後生まれの人は1554人と過去最多となった。
2018.08.19 Sun l 天皇制・平和・憲法 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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