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緒方貞子さん死去 元国連難民高等弁務官
2019年10月30日 朝日新聞より
国連難民高等弁務官や国際協力機構(JICA)理事長として活躍し、世界各地の難民の支援に力を尽くした緒方貞子さんが亡くなられた。92歳だった。
 国家中心の安全保障に代わり、
紛争や貧困など、あらゆる脅威から人々の生存や尊厳を守る
「人間の安全保障」の概念

を提唱。12年の国連総会では「人間の安全保障」を重視する決議が全会一致で採択された。

日本でも、世界的にも、戦争の惨禍を忘れた”愛国心” ”自国中心主義” ”ナショナリズム”
が流行ってきて勢いを増す。
人間の安全保障の概念が世界を動かすことが、ますます重要になってきているように思われる。
世界平和に尽くされた緒方貞子氏に深謝。

イラクでクルド人支援に取り組み、トルコとの国境周辺にとどまる大勢の国内避難民の支援を決断。国外に逃れた難民を直接の支援対象としていた従来のUNHCRの枠組みを変えるきっかけとなった。民族対立による内戦が続いたボスニア・ヘルツェゴビナや、民族虐殺が起きたルワンダで、人命を救うための支援に力を尽くした。

 国家中心の安全保障に代わり、紛争や貧困など、あらゆる脅威から人々の生存や尊厳を守る「人間の安全保障」の概念を提唱。12年の国連総会では「人間の安全保障」を重視する決議が全会一致で採択された。

 01年からはアフガニスタン支援政府特別代表。03年から12年まで理事長を務めたJICAでは、海外事務所を増やすほか、アフリカ諸国への援助を増やすなどの改革を進めた。ユネスコ・ウフエボワニ平和賞、朝日賞特別賞を受賞したほか、文化勲章を授与されている。
 親交が深かった上皇后美智子さまは、葬儀前の式場に弔問に訪れた。国連のグテーレス事務総長は「彼女の功績により、何百万もの人がよりよい人生と機会を得ている」と追悼した。

 緒方さんは1927年、東京都出身。聖心女子大学を卒業後、米国ジョージタウン大学で国際関係論修士号、カリフォルニア大学バークリー校で政治学博士号を取得。76年に日本人女性として初の国連公使となり、国連人権委員会日本政府代表などを歴任。91年1月、女性として初めて国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のトップに就任し、2000年まで務めた。

 イラクでクルド人支援に取り組み、トルコとの国境周辺にとどまる大勢の国内避難民の支援を決断。国外に逃れた難民を直接の支援対象としていた従来のUNHCRの枠組みを変えるきっかけとなった。民族対立による内戦が続いたボスニア・ヘルツェゴビナや、民族虐殺が起きたルワンダで、人命を救うための支援に力を尽くした。

 国家中心の安全保障に代わり、紛争や貧困など、あらゆる脅威から人々の生存や尊厳を守る「人間の安全保障」の概念を提唱。12年の国連総会では「人間の安全保障」を重視する決議が全会一致で採択された。

 01年からはアフガニスタン支援政府特別代表。03年から12年まで理事長を務めたJICAでは、海外事務所を増やすほか、アフリカ諸国への援助を増やすなどの改革を進めた。ユネスコ・ウフエボワニ平和賞、朝日賞特別賞を受賞したほか、文化勲章を授与されている。

緒方貞子さん、難民の人生を変えた
「重要なことは苦しんでいる人に関心を持ち、行動をとることだ」

 人命優先の理念を携え、支援対象を広げた緒方貞子さん。彼女が向き合った故郷を追われる人々はその後も増え続け、世界で年に約7千万人にまで膨らんでいる。各地で戦禍は絶えず、深刻さは増すばかりだ。▼1面参照

 現在の国連難民高等弁務官であるイタリア出身のフィリッポ・グランディ氏は、高等弁務官時代の緒方さんを側近として支え、師と仰ぐ。29日発表した声明で、緒方さんについて「戦争や民族浄化、ジェノサイド(集団殺害)に打ちのめされた何百万の難民の人生を変えた。地政学的状況が急速に変わる中、人道的活動を再定義した」と述べた。

 緒方さんが国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を率いた1991年からの約10年は、東西冷戦の終結で、国家間の力のバランスが崩れ、異なる人種、民族の間の対立が表面化した時代だ。イラク、旧ユーゴスラビア、ルワンダなどで人々が家を追われ、緒方さんは数々の現場を回った。

 高等弁務官就任から間もなく、フセイン政権下のイラクでクルド人勢力が武装蜂起し、鎮圧された。国境に多くのクルド人が押し寄せたが、トルコが入国を拒否し、約40万人が国境地帯にとどまった。このとき緒方さんは支援を決め、UNHCRが国内避難民に手を差しのべる転機となった。

 ボスニア・ヘルツェゴビナなどではUNHCRが紛争地帯で直接、難民保護に当たったが、これも初めてのことだった。人道支援の確立や難民の発生防止、早期帰還のための各国との交渉など、政治的な領域にも力を入れた。

 時は移り、世界は今、難民問題の大規模化と長期化に直面している。UNHCRのまとめでは、2018年に世界で約7千万人が紛争や迫害によって家を追われた。過去最高で、緒方さんが高等弁務官だった20年前からは約2倍だ。このうち難民は約2590万人、国内避難民は約4130万人を占める。

 シリアやイエメンの内戦は解決の糸口が見えず、ミャンマーの少数民族ロヒンギャの帰還は進まない。難民や避難民は希望を持ちにくく、自分たちの存在が世の中から忘れられることを恐れるようになっている。

 緒方さんは12年に国際協力機構(JICA)理事長を退任後も、日本政府に難民受け入れを求めてきた。NPO法人難民支援協会の石川えり代表理事は「日本は難民問題でもっと積極的な役割を果たせるはずだ、と話していたのが印象的だった」という。

 緒方さんは16年の国際シンポジウム「朝日地球会議」に寄せたメッセージでこう述べた。「難民問題は私の高等弁務官時代より量・質ともにより深刻になっている。重要なことは苦しんでいる人々に関心を持ち、思いを寄せ、行動をとることだ。人々が互いを思いやることこそが、人間の最も人間らしいところだと思う」(吉武祐=ブダペスト、黒田壮吉)

 ■深刻化止まらず、シリアは戦争に発展 トルコの受け入れ限界、欧州でも反対派の声強く

 「もう誰も私たちを受け入れてくれない。頼みの綱のトルコにいられなくなったら、行く場所がない」

 シリア難民のムハンマド・ナシッドさん(26)は嘆いた。内戦下のシリア北西部から昨年11月に妻子と逃れ、トルコ南部で暮らす。

 内戦は8年以上経った今も終わりが見えない。560万人以上のシリア人が国外に逃れ、トルコは6割以上の367万人を受け入れる。しかし、国内経済の低迷から、「仕事が低賃金のシリア難民に奪われている」といった不満が国民にたまり始めた。こうした不満が、シリア難民を寛容に受け入れてきた政府への圧力となり、ついに戦争に発展。トルコは9日にシリア北部への越境軍事作戦に踏み切った理由として、クルド人武装組織の掃討とともに、制圧地域を「安全地帯」としてシリア難民100万~200万人を再定住させる構想を掲げた。

 欧州連合(EU)が軍事作戦を批判すると、エルドアン大統領は「ドアを開けて360万人のシリア難民をあなたのところに送る」と警告。今度は欧州議会が「エルドアン氏は難民を武器化し、EUへの脅しに使っている」との決議を採択して対抗した。

 欧州を目指すシリア難民の「防波堤」となってきたトルコの受け入れ能力が限界を迎える一方、移民・難民に厳しい右派勢力が躍進する欧州にも余裕はない。

 ナシッドさんは「『安全地帯』は想像もつかないが、トルコから『行け』と言われれば、選択肢はない。欧州は受け入れてくれないし」と話した。

 シリアの国内避難民も620万人に達する。北西部イドリブ県に住む避難民のアデル・アハマドさん(35)は、「多くの人がテント暮らしで、冬の到来が不安だ」と訴えた。

 それでも、難民だけでなく、国内避難民への支援に道筋をつけた緒方さんの足跡は現場に残る。昨年末、記者がシリア北部アレッポ県の農村地帯を訪れると、破壊されたパン工場や学校がUNHCRの支援などで再開していた。所得を得るための助成制度や心理ケアなど幅広い支援策が講じられ、避難民の帰還が進んでいた。「ここでまた生きて行く希望をもてる」と喜ぶ住民たちの姿があった。(イスタンブール=其山史晃、リヤド=高野裕介)
2019.11.01 Fri l その他 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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