原発事故初期対応での菅首相の功績

巨大地震津波に襲われ、ついで東京電力福島第1原発の事故で大量の放射性物質が放出されチェルノブイリ級「レベル7」とされるまでになった。
政府の初期対応が遅かったのではなど・・・与野党からの批判にさらされている。
地震直後から原発の事故が進行していく経過が検証されているが、それら資料を読んでみると菅首相は原発事故の初期対応については、果たすべき役割を果たしており、そのことで日本の国土がより深刻な被害から守られたと思う。

1.事故初期において事故の及びうる規模と悲惨を理解していたこと
2.原子炉爆発を避けるためのベント指示を東電に早い時期に出したこと
3.原子炉への海水注入の指示を出したこと
4.東電の放射能危険による社員撤退にストップをかけたこと

2・3は本来原子炉を運転し知悉する東電が自発的にすべきこと、それを首相指示が出てもなお実施を遅らせた東電が、今日の深刻な事態を招いたと考えられ、その責任は計り知れない。

これらは少数意見であると思うが、論点を詳しくのべると
1.首相は原発事故の第1報から、それがどれほど大きい惨事に至りうるかを理解していた。
東京工業大学理学部応用物理学科出身、チェルノブイリ、スリーマイル島の原発事故につい  ても関心を持ち、原発が制御できなくなったときの危険性を本質から理解していた。
一般の衆議院議員や野党の党首、首相経験者では、ほとんど専門家=東京電力、原子力安全保安院、原子力安全委員会の言いなりにならざるを得なかったであろう。

2. 1号機圧力上昇で排気(ベント)の必要について、首相側が再三督促し、さらに第1原発を訪問して問いただし約束させたが、東京電力が渋り、10時間後の実施となった。
 原子力安全委員長、東電関係者が「1号機圧力上昇でこわれる恐れがあるので排気 
 (ベント)する必要あり」と申し出て
 首相は 「放射性物質が飛散する恐れあるがやむをえない」と容認している。3/12 1:30
 その後再三官邸から催促したが、東電からの明確な返答なし。
 首相第一原発訪問 「なぜベントをやらないのか」武藤副社長の返答要領得ず
 首相机をたたきながら「私がなぜここに来たのか分かっているのか」 
 第1原発所長から「きちんとやります」と言質を得て納得

3.原子炉への海水注入について
 3/1218:00 首相1号機に海水注水指示したが、20:20に海水による注水開始
 当初は首相が11日のうちに海水注入を指示したのに、東電が「原子炉が使えなくなる」
 と激しく抵抗した、と産経新聞は報じている。
 東電は原子炉を守るために、制御できなくなったときに起こる広範囲の深刻な放射能被害
 を考えなかった。国民や国土より会社の利益という判断が事故を起こしたのでは・・(私見)
 「1号機海水注入と同時に2・3号機で海水注入を始めたら、相次ぐ爆発を防げたのでは」
 いう武藤副社長への質問に対し、「事実関係を確認します」と確答せず。
 原子炉廃炉による経済的損失を嫌がったのであろう。(アエラ4.11号)

4.東電側の「福島第1原発から社員を撤退させたい」との意向が出ていることが伝わったが
 首相がストップをかけたこと。(参照:原発事故の検証から)
 東電が起こした原発事故から東電社員が撤退したら、広島原爆の4000倍にのぼる
 福島第1原発のすべての核物質が制御不能になり、外部に放出されてしまう。 

日本国の首相の責任は対外的には東京電力を含めた原発事故すべてに及ぶであろう。
しかし原発事故の初期対応については、他の政治家が首相であって、原発事故の恐ろしさについての基礎的理解がなかったとすれば、安全神話を作り上げた東電、原子力安全委員会、原子力安全保安院の専門家集団の言いなりになり、より重大な事態に至ったのではないかと思う。

裏からみると、東京電力は原発で電気を供給し、原子炉を運転し制御しうる唯一の専門家であるにもかかわらず、原発事故が国民と国土に及ぼしうる深刻な被害を認識せず、 いや認識してもなお、会社の利益、原発を守るという判断しかなかった。
そのために、福島の避難区域の人たちを初め、日本国民、世界の人たちに甚大な被害を及ぼしたと思う。
参考資料 アエラ 2011.4.11号
       日本経済新聞 2011.4・8朝刊
       朝日新聞 2011.4.10朝刊

2011.04.15 Fri l 原発事故 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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